幼児教育を語るひろば

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ぼろは着てても 心の錦

平昌オリンピック開催
昨夜は、平昌五輪開会式の様子をテレビで見ました。アジアでの開催は、札幌・
長野の大会に続いて3回目だそうです。92カ国・地域から2900人を超える選手が参加しました。

回を追うごとに豪華で派手になってきた開会式ですが、これも平和だから出来ることと納得しながら見ました。


ぼろは着てても 心の錦
東京銀座にある中央区立泰明小学校が、今年の1年生からイタリアの高級ブランド 「 アルマーニ 」 製の標準服を導入することが話題になっています。

標準服は一式4万円を超え、バッグ・ベスト・セーター・靴下まで揃えると8万円を超えるそうです。公立小学校の標準服としては、ちょっと高価です。

「 標準服は強制するものでは無い 」 と学校側は言いますが、皆んなが求めるのに1人だけ求めない、というわけには参りません。それこそいじめの原因になります。

元来標準服を取り入れた動機は、汚れても痛んでもよいように、普段着・仕事着的な意味があったのです。

それにしても制服まがいの標準服で、統一しようというのは如何なものでしょうか?  何か戦前の統制時代を思い出します。 泰明小の校長さんは、「 服育 」
などという新語を使って保護者たちを煙に巻いているようですが・・・

公立小学校では、せめて服装くらい自由であって欲しいと思います。


こんな昔話があります。

江戸後期、陶工の名人として知られた尾張の白鴎(八兵衞)は、ある時藩主に呼ばれて城へ参上することになりました。

彼は普段から仕事をする時は、脱いだり着たりするのが面倒なので、ふんどし
一つの時が多かったそうです。 この日も、ふんどし姿に仕事着をひっかけたままで出かけました。

ところが城の門番に咎められて、城の中へ入れてもらえません。「 殿様が会いたいそうだから来たのだ。 」 と言っても、「 そんな無礼なかっこうではならん!  通すことはならん! 」 と、追い返されてしまいました。

彼も 「 別にわしの方から会いたいわけではない。」 と、 引き返してしまいま
した。

藩主は後で門番からの報告を聞いて、慌てて家臣を謝罪の使いに出しました。
ところが白鴎は、もう仕事をしていて相手になりませんでした。

そして「 殿さんは、わしじゃなくてこれに会いたいんだろう。 」 と、礼服の
上下を家臣に渡しました。

ほんとうの 「 服育 」とは、こういうことではないでしょうか?


子供の体と心

子供たちがその生涯に渡って健やかな生活を営むためには、様々な条件や制約が必要です。その中でも次の2点は、特に大事です。

 ① 心身が健康であること。
 ② 良い家庭環境の中で、正しい生活習慣を身につける。

幼児期は、独立への1歩です。今までは大人の世話になって行動していましたが、ひとりで歩き、ひとりで考えて行動するようになります。

自我の意識も芽生えてきます。自分で何でもしようとします。そして2〜3歳頃には、要求が通らないと反抗するようになります。幼児の成長過程で、必ず通る道です。

反抗期が訪れたら、大人は落ち着いて見守ってあげましょう。自分でやろうとしている時は、下手でも失敗してもやらせてみます。子供の個性がはっきりして来るのも、この頃です。

家庭は、幼児の心身を育てる大事な場です。家族関係は、子供の心身の発達に直接影響します。家族関係が悪いと、子供は問題行動を起こします。

家庭環境で、一番大事な役割を担うのが母親です。子供は母親に甘える時、子供の心は落ち着きます。

この頃の子供は、とにかくじっとしていません。好奇心も強く、興味関心を抱いたことには、何でも手を出します。周囲のことなど気にしません。

危険なことの経験も少ないので、目が離せません。それなのにすぐ飽きて放り出します。それがこの頃の子供の特徴なのです。

遊びは子供の生活の中心であり、大事な体験です。4歳頃は、友だち遊びができるようになります。友だちの行動や言葉を真似します。ケンカもするようになります。

子供のケンカに大人が口を挟むのは、感心しません。なるべく子供にまかせるようにしましょう。遊びの経験が深まると、遊びのルールも分かるようになり、自分たちで解決します。

4〜5歳になると急速に運動能力が発達し、運動神経も発達します。色々な運動ができるようになります。リズムに合わせて歩いたり高い所あら飛び降りたりできるようにもなります。

この頃になると、反抗期は卒業します。親の手伝いも、喜んでするようになります。それには、正しくほめたりしかったりすることが大切です。

気をつけなくてはならないのは、事故です。4〜5歳頃に多いのも、子供の行動が活発になり運動能力もあるからです。事故で多いのは怪我です。注意しなければいけませんが、怪我をこわがって遊びを制限しすぎてはいけません。


子供の体や心について、気づいたことを書きました。





2度目の大雪 ?

昨日の東京は、今年2度目の大雪警報が出ました。雪は一晩中降っていました。
でも前回よりは小降りで、吹き荒れるようことはなかったです。

それでも今朝見ると、庭も屋根もうっすらと雪化粧をしていました。


 庭の雪化粧
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 2階からの眺め
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 裏の公園
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 木芙蓉の雪帽子  (いずれも2月2日午前9時頃に写す)



笠地蔵

連日寒い日が続きます。先週大雪に見舞われた東京ですが、予報では明日の夜もまた雪とのことです。

この寒さは異常かな?  と思いましたが、長い年月を振り返ってみると、繰り返えされている気象現象です。


園長時代にも,厳しい寒さが続いた年がありました。
私は寒さに震えていた年長さんたちに、「笠地蔵」の読み聞かせをしました。

「心の優しいおじいさんとおばあさんがいました。二人はたいそう貧乏でしたが、 それでも仲良く暮らしておりました。  さてその日は、 雪の降る大晦日でした。」

子供たちはすでに知っている話なのですが、 私の声に引き寄せられるように
聞き入っていました。『「笠はいりませんか。こんな雪の日にはぴったりの笠ですよ。」 道行く人に声をかけても、笠は一つも売れません。』

子供たちも不安そうで、笠が売れるのを期待しているのがよく分かります。

『 しょんぼりとおじいさんが雪道を歩いて帰ると、村の入り口で石のお地蔵さんが頭に雪をのせて、寒そうに立っている姿が目に入りました。』

「 笠をかぶせてやるんだよ。」 と、声に出して言う子がいます。

読みが進むにつれて、子供たちの表情がとても優しく穏やかになって行きました。瞳がキラキラと、美しく輝いているように見えます。

『 「おじいさん、明日はお餅の無いお正月になりそうですね。」 と、おばあさんが言いました。』

『 その晩のことです。「 うんとこどっこい!  うんとこどっこい! 」 』  ここまできたら、子供たちも 「 うんとこどっこい!  うんとこどっこい! 」  の大合唱になりました。

雪地蔵の話と子供たちの心が、共感し合ったひと時です。
読み聞かせの後、子供たちは元気に園庭へ飛び出して行きました。


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  裏の公園の雪景色 ( 2018, 1. 23 写す )



「ない」 ものではなく 「ある」 ものに

きょうの朝日新聞、 「折々のことば」 です。

「ない」ものではなく「ある」ものに注目する。  「できない」ことではなく  「できる」ことに注目する。

苦境を打開する何かを「外から引張ってくる」・・・・・。そんな発想では地域の活性化はできないと、「反貧困」の社会活動家は言う。


人の支援も教育も、きっと同じ。ヒーローを待っていても、世界は変わらない。 と、「折々のことば」の鷲田 清一氏は言われます。


現役時代、子供たちへ「よく遊び よく学べ」と言いました。でも現代っ子は、「何をして遊んだらよいか分からない」・「遊ぶ遊具が無い」と言って、遊ぶのを億劫
がりました。

ましてや学ぶとなると、「つまらない」・「分からない」・「やる気がしない」・・・ 
と、お手上げ状態でした。

確かに今の子供たちは、「遊び方を知らない」・「遊び方が下手だ」と言われます。遊びを工夫したり創造したりするのも、不得手です。

体さえ動かせば遊びになることが一杯あるのに、現代っ子は、走ったり・跳んだり・よじ登ったり・ぶら下がったりするのが苦手です。

すばしっこさ・敏捷性・判断力・平衡感覚などが劣る、とも言えます。 また危険を予測したり、それを避けたりする力も劣ります。

ですから遊ぶことが「ない」・「できない」と、逃げてしまうのです。
学ぶこともしかりです。

かけっこ・鬼ごっこ・かくれんぼ・木登り・腕相撲・相撲・・・  ちょっと体を動かせばできる遊びです。

遊び仲間がいれば、 ゲームを楽しむこともできます。 友だちをリードしたり、 リーダーの元で協力し合ったりすることも体験できます。

遊びの不足は、満足感・充実感を生み出す力も弱くなります。
学びの不足も同じです。

人間は疲れるまで遊んだり学んだりして休憩し、心身をリラックスさせるあの心地よさを経験することが、成長にとってとても大事なのです。

「ない」・「できない」と迷わずに、身の回りを見渡せば、手近なところに「「ある」・「できる」が転がっています。

「隗より始めよ」です。案ずるより生むが易しで、物事は事前にあれこれ思案して不安がるより、思い切って実際に行動すれば、案外かんたんに出来たりするものなのです。