幼児教育を語るひろば

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子育て失敗番外編

 しつけ
このブログも、次回で1000回の節目を迎えます。「幼児教育」がタイトルですから、
それほど多くの方の興味・関心を引くような内容ではありません。

私の教育観の基底には、人間尊重の心があります。ですから、人間を「性善説」の
立場で書いています。でも性善は、性悪に変わる危険性も持ち合わせています。
その決め手になるのが、「しつけ」です。

それに世の中を見渡すと、悪の方が優勢です。悪ガキたちも、いっぱいです。
マスコミを賑わす少年非行も、後を絶ちません。
それでも私は性善説を信じて、子どもたちをかばっています。

非行少年の8割近くが、在学少年です。そうなると「学校は何をしているんだ!」
と、問われます。教育そのものが、否定されかねません。それに少年非行は、
どんどん低年齢化しています。

少年非行も元をたどれば、いたずら・悪戯に過ぎません。欲求不満の、はけ口に
なっているだけです。だからと言って、「悪い子はいない」と言ってるわけではあり
ません。少年非行は、増加の一途をたどっています。

しつけとは、良いことと悪いことのけじめをつけさせることです。 「良いことをした
ときは笑顔で褒める、悪いことをしたときは恐い顔で叱る。」 これが、しつけの
大原則です。
この2役がこなせなければ、しつけは出来ません。

しつけのマニュアル本には、「感情的に叱るのはよくない」などと書いてあります。
鵜呑みにした母親は、子どもが悪いことをしても叱ることが出来ません。叱って
も小さな声で、あるいは遠くから、「ダメよ」と言う程度です。これでは、子どもは
言うことを聞きません。

叱るときは、感情がこもっていいのです。その方が、親の真剣な気持ちが子ども
に伝わります。感情がこもらない叱り方こそ、しつけは出来ません。マニュアル
本で説いているのは、過度の叱り方を戒めているだけです。

私がよく利用するバスのコースに、「Kスポーツセンター」というバス停があります。
そこから子連れの母親たちが、何組も乗車してくるときがあります。(親子で楽し
めるスポーツ施設があるようです)

子どもたちは未就園児らしく、バスの中でも元気で賑やかです。時には、ふざけ
合う子・歩き回る子・靴を履いたまま窓向きに座る子・・・ などがいます。
そんなときでも、親たちはおしゃべりに夢中です。時々は「よその人に叱られるよ」
・「運転手さんに怒られるよ」と、他人を出しに注意する親もいます。
その行為自体を「いけないこと」と、子どもに諭す親はめったにいません。


少年非行の原因を探ってみると、幼児期における「しつけ」の失敗が、遠因と考え
られる場合が多いのです。性善が性悪に変わったいきさつが、推測できます。

(少年非行の原因)
*環境に問題がある
 社会環境(非行の温床となるような環境を含めて)・生育環境(地域の環境を
 含めて)・家庭環境(住宅事情・経済力なども含めて)
*人間関係に問題がある
 親子関係(家族も含めて)・友人関係(地域の人間関係も含めて)・異性関係
*学校教育に問題がある
 学校嫌い(学校内での人間関係も含めて)・勉強疲れ・学業の失敗(受験・
 進学問題も含めて)
*親(大人)に問題がある
 過干渉・過保護・放任(無関心も含めて)・性産業への誘惑(子ども買春や
 子どもポルノ問題も含めて)

こう考えれば少年非行の原因が、大人の側にもあることが分かります。性善説が、
妨げられる理由でもあるのです。
子どもたちの身の回りには、いまや危険がいっぱいです。環境浄化は大人の責任
ですが、危険を除去する力は、子ども自身の自立心・自発性によります。

人間尊重・性善説を信じる子育てとは、子どもにどれだけの自由を与え、子どもに
どれだけ任せられるかで決まります。そして任された子どもの、責任感の芽生えを
期待することです。

せっかく授かった「子宝」を、路傍の石にしてしまわないためにも、性善説をしっかり
守り育てたいと思います。と言っても、それぞれの人間性には微妙な個人差があり
ますから、性善説を守り育てる手立ても微妙に違ってきます。
「人間尊重」と、「個性尊重」の違いです。この関係については、1000回以降にも
追求して行きたいと思っています。


 

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