幼児教育を語るひろば

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童神

冬季五輪
バンクーバー五輪も、終盤戦となりました。メダル獲得のことで、色々な議論が
聞かれます。たかがオリンピック、 それほど目くじら立てることでも無いと思い
ます。勝敗は気になりますが多くの日本人は、スポーツとして楽しんでいます。

されど、オリンピックなのでしょうか?
国策・国民性を問う声、元金メダリストは、「日本はスポーツ後進国だ!」 と、
新聞へ投稿していました。殆どの競技に、大勢の選手が参加する日本です。
世界的レベルで見れば、先進国だと思いますが? 欲を言い出すと、キリが
無いようです。  (投稿者は何回もオリンピックへ参加出来たのですから、
やはり先進国なるがゆえのお陰では?)

大騒ぎすればするほど、国威発揚の場 あるいは五輪商人活躍の場になって
しまいます。オリンピック、特別なことではありません。スポーツの祭典として
楽しみましょう!

いよいよきょうから、女子のフィギュアスケートが始まりました。日本選手たち
のSPでの出足は、まずまずのようです。 氷上の舞姫たちの華麗な演技に、
しばし酔いしれたいと思います。



童神
「三尺の童子を拝す」、と言う言葉があります。
「7歳までは神の子」、とも言います。

性善説の基本にある考えだと思います。人間尊重即ち子ども尊重も、これに基づ
いた目的概念だと考えられます。
それにしては、反社会的行動を起こす子どもが多い現状に、つい眉をひそめたく
なります。荀子が唱えた性悪説の方が、正しいのでしょうか?

でも子どもの問題行動は、悪事では無く悪戯だと、私は解釈するようにしています。
そうでなければ、子どもの教育は成立しません。

夏川りみのCD「南風」の中で、私は「童神」が好きです。

       童神
 天からの恵み受けて 此の世界に
 生まりたる産子 我身 ぬむいて育つ
 イラヨーヘイ イラヨーホイ
 イラヨー愛し 思産子
 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
 太陽ぬ光 受きて
 ゆいりヨーや ヘイヨー ヘイヨー
 勝さあてぃ 給わり
              (後略)

童神は、沖縄独特の言葉でしょうか?
沖縄言葉を知らないので、歌詞の意味はよく分かりません。でも暖かい親の情が、
ほのぼのと伝わってきます。

童という文字には、元々は召使という意味があったようです。それが、子どもと
いう意味になりました。江戸時代よりも、古い言葉のようです。

童(わらべ)は、「わらはべ」が転じて「わらんべ」になり、さらに転じて「わらべ」
になったと言われます。
(「座敷わらし」という民話もあるように、北国では「わらし」とも言う。)

新潮国語辞典ー現代語・古語ー(久松潜一監修)で調べてみると、「わらべ」と
「わらわ」の使い分けがあるようです。 どちらも子どものことですが、後者は
稚児(天台・真言など古いお寺では、召使の子どものことを指す。)よりも年長
ですが、まだ成年には達していない子どもたちです。
今流に言えば、「わらべ」は乳幼児期、「わらわ」青少年期でしょうか?

「わらべ」には、わらべいさかい(子どものけんか)・わらべうた(子どもが自然
に覚えて伝承している歌)・わらべごころ(子ども心)・わらべすかし(子どもだ
まし)・・・・ などがあります。

「わらわ」には、わらわあそび(子どもの遊び)・わらわおい(子どもの成長の
様子)・わらわがみ(元服前の子どもの髪)・わらわなき(子どものように泣く)
・わらわそうぞく(子どもの装束)・・・・ などがあります。


とにかく子どもは、童神であることを信じましょう。それが、子どもを尊重する
ことにつながります。子どもの悪さ(悪戯)は、単なるいたずらと捉えましょう。
ことによると、好奇心や探究欲求に基づく行動かも知れませんから。

子どもを信頼尊重することは、子どもに「任せる」 ということでもあります。
そうすれば子どもは自分の持ち味を発揮して、それなりの責任感を伴いなが
ら成長して行きます。

子どもにどれだけの「自由」を与え、「任せる」ことが出来るか? いま子育て
で問われている、一番大事な課題です。



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