幼児教育を語るひろば

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子どものものの考え方 (2)

あることがらを考えるということは、それを「考えのわく」の中にまとめあげていくこと
だそうです。 哲学者のカントは、認識の形式として「考えのわく」と「直感のわく」の
2種類を挙げています。

「考えのわく」とは、量・質・関係・様相などです。「直感のわく」は、時間・空間など
です。人間がものを考える場合は、この二つのわく組みに支配されているのです。


偶然のことがらに対する子どもの考え方
子どもは、偶然的なできごとというものを考えない。
風によって扉が音をたてるとき、幼児は、風や扉がわざと自分を困らせるためにそう
したのだと、主張する。風が扉の方向へ吹きつけた原因と、扉の運動をひきおこした
原因とは、無関係だということが、わからない。
二つの原因が結びつくには、必ず、何らかの理由があるはずだ、と考える。そこで、
どんなに偶然的なできごとに対しても、その背後にある存在理由を、発見しようと
努めるのだ。

「どうして隅田川が、大阪まで通じていないの?」
「どうしてこの棒は、ぼくの背よりも高いの?」
「どうして君は、背が高いくせに、耳は小さいの?」
こういう偶然的なことがらも、すべて必然的だと確信するのが、子どもたちの考え方
の特徴である。


偶然のことがらを道徳的に見る考え方
9歳のころを過ぎると、つぎに偶然性を道徳的なものに帰着させようとする。
たとえばクジびきを、資格とか公平とかの道徳的原理で説明する。
たとえばクジに当たるのは、その資格があるからで、いい行為をした子は、クジにも
当たると思い込む。「クジに当たる子は、りこうで、おとなしく、よく勉強する子ども
だし、はずれる子は、いじわるで、勉強もしない子だと思います。」だからクジは、
罰と結びつく。

やがて子どもたちは、クジは競争者同士の均衡に関係していることが分かります。
偶然は、人間とは無関係な原理だということを、理解して行きます。


不確定性の概念はまだ不十分ですが、クジの客観的法則を作り上げようとする
態度が見られます。これは、客観的思考の前触れです。このきっかけを与えて
くれたのが、道徳的意識なのです。
科学的なものの考え方も、科学教育だけで育てられるわけではありません。
社会環境の中で、その基礎が培われることと同じです。



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