幼児教育を語るひろば

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嫁・姑

教え子のKから電話があり、「ご無沙汰のお詫びと息子の近況報告を兼ね、
妻が伺うのでよろしくお願いします。」 とのことでした。そして午後久しぶり
に、K夫人が訪ねてきました。

もう十数年前になりますが、息子のSは私立中学校を(中高一貫校)受験する
というので 週1~2回私の家に来て勉強していました。教え子の頼みという
こともあって、急遽ボランティアの家庭教師を務める羽目になりました。

約1年間送り迎えを兼ね、K夫人は息子と一緒にわが家へ通いました。
当時 「教育ママ」という言葉が流行っていましたが、K夫人はその見本
のような母親でした。

息子はどうにか目的の中学校に進学して、高校まで無事に修了しました。
そして名門K大学に進み、ここも無事卒業して、M銀行に就職しました。

3年前にその銀行で見初めた同僚の女性と、Sは職場結婚したわけです。
私もその結婚式に、招待されました。

挨拶もそこそこK夫人は、堰を切ったように話し始めました。
「先生 Sは結婚したらすっかりお嫁さんの言いなりになって、家にもちっとも
顔を出さないのです。 1月に孫が生まれたのに、嫁は暮から8月いっぱい
彼女の実家に帰っていて、Sもそこから銀行へ通う始末です。
やっと自分たちのマンションに戻ったので私たち夫婦が孫の顔を見に行くと、
「抱き癖をつけるな」とか「オモチャは与えるな」とか すぐに文句を言います。
(Sが言うのだが嫁さんが言わせていると、K夫人は決め付けている。)

K夫人は、盛んに不満を訴えます。(息子のために一生懸命やってきたのに、
息子は私を邪魔者扱いする。) と、そんな感じです。

昔から 「息子をお嫁さんに取られた」という話はよくありますが、苦笑を抑え
ながら K夫人の訴えを聞いていました。
K夫人が、ちっとも子離れしていないことも分かりました。

嫁の話をする姑に共通して言えるのは、息子は悪者になっていないということ
です。この辺りに嫁・姑の歴史的葛藤の原因が、潜んでいるように思えます。

話の前に彼女は 「内祝いです」と言って、孫の名が記された品物を私に差し
出しました。(私はすでに誕生祝いの寸志をSに贈り、彼からも礼状と子どもの
写真をもらっていました。)
私はつい 「この内祝いは、あなたがたが用意したのでしょう?」 と、尋ねて
しまいました。すると 「Sたちに任せていると、先生にも失礼ですから・・・」 
と言う答えが、当然のように返ってきました。

私は K夫人に、「もうS君は独立して新しい家庭を築き子どもも生まれたのだ
から、あなた方の家庭とは別なのです。息子の家庭のことは、息子夫婦に任せ
なさい。」 と諭しました。
彼女は返事をしなかったので、多分納得しなかったのだと推察します。

先ほどKから電話があり 「妻の愚痴を聞いて頂き、ありがとうございました。」 
と、彼もホッとしているようでした。
「嫁・姑の戦いは当分続きそうだな」・「Kが間に挟まって苦労するな」・・・ 
「日本の家族制度の特色かな?」・・・ そんな思いにかられた1日でした。 


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