幼児教育を語るひろば

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庚申信仰


武蔵野市と練馬区の境を流れる千川上水の緑地帯にある庚申様

東京は、梅雨のような天気が続いています。昼前にようやく雨も止んで、午後は
天気も小康状態になりました。私はまるで禁足令を解かれたように、早速外へ
出てみました。

わが家から5分ほど歩いた所に、写真の庚申様があります。駅へ出るにも散歩の
折りにも、必ずこの庚申様の前を通ります。
そこできょうは、ゆっくり立ち寄って拝観させてもらいました。

庚申様にはいつも新しいお花が供えられて、周囲がきれいに清掃されています。
祠(ほこら)に吊り下げられている振鈴に、町名と「庚申会」と記名された木札が
付いていました。熱心な庚申信者の方々が、会をつくって管理しているようです。

庚申は元々干支(えと)の一つで、「かのえさる」の日のことです。年に、6回ほど
あります。「かのえさる」の日ですから、サルを祀る庚申塔(塚)が多いと聞きます。

地元武蔵野市の教育委員会が立てた説明板によると、ご本尊として「青面金剛像
(しょうめんこんごうぞう)」が祀られているようです。
本来病鬼を追い払うことをお願いしていた仏様ですが、中世以降は「道教」の影響
を受けて、天下太平・不老長寿を願うようにもなったということです。

説明では 「安置されている石柱の中央に青面金剛像、左右に天下太平の文字と
1匹の鬼・3匹のサルが彫られている。」 とありました。
覗いてみるとご本尊は憤怒の相でにらんでいましたが、残念ながら石柱に前掛け
のような赤い布がかけてあるので、天下太平は読めましたが 鬼とサルは隠れて
見えませんでした。

そう言えばこの庚申様の祠は、お寺さんのお堂とは違います。しめ縄も張ってあり
ますから、どちらかと言えば神社様式です。
道教の影響を受けて、神道化して行ったようです。

庚申信仰は江戸時代に盛んになり、全国に広まりました。(説明版によると、庚申
信仰は沖縄には無いようです。)
道端に庚申塔(塚)はありますから、道祖神的な役割りもしていたのでしょうか?

寅さんで有名な柴又の帝釈天は、庚申の日が縁日です。何でも一時行方不明に
なっていたご本尊の帝釈天像が、庚申の日に見つかったからだそうです。
青面金剛は帝釈天の家来ですから、庚申様は帝釈天とも関係が深いようです。

「道教」については、あまり詳しくありません。 古代中国のアニミズム的思想と、
うろ覚えに理解していました。
また暇つぶしの課題を、見つけて帰りました。


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