幼児教育を語るひろば

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石見銀山



9日 帰京

新型の豚インフルエンザに感染した日本人が、カナダからアメリカ経由で帰国しま
した。 全てグローバル化の現代ですから、日本人だけが新型インフルエンザに
罹らないわけはありません。
今後は感染の拡がりを、どうくい止めて行くかが課題です。

政府も水際対策で防疫態勢を整えていますが、それも限界があります。
要は一人一人の予防意識・対策を強めることが、何よりも大事です。

ゴールデンウイークと共に広島へ参りましたが、前半は体調を崩してゴロゴロして
いました。孫たちには「新型インフルエンザでは?」 などと、からかわれました。

そんなわけで、3日からようやく行動開始となりました。

3・4日  広島フラワーフェスティバル見物
      (中3の孫が所属するダンスクラブが、パレードや特設会場で
       パフォーマンスを披露。)

5日   野呂山(瀬戸内海国立公園)散策
     (呉市川尻町・海岸から車で一気に約800mの山頂展望台まで行き、
      瀬戸内海の大パノラマを楽しむ。)

6日   世界遺産「石見銀山」遺跡(島根県)を探訪
      (詳細後述)

8日   尾道散策
     (レトロバスで、尾道の観光地巡り。尾道は、「しまなみ海道」
      開通10周年を祝う行事で賑わう。) 


石見銀山探訪
娘家族の都合もよかったので、島根県の石見銀山まで出かけました。
石見銀山は、2007年7月に世界遺産として登録されました。
広島から高速道路を利用したら、途中で休憩しても2時間半で到着しました。

16世紀末に開かれた銀山ですから、相当に古びた遺跡だろうとイメージして
いました。ところが道路も各施設も意外と整備されて、明るい雰囲気の世界
遺産の町でした。

後で分かったのですが世界遺産として認定されるには、遺跡をきちんと保存
・管理しているかどうかも評価の条件だったようです。

石見銀山の探訪は車を指定された駐車場に置いて、後は徒歩か地元のバス
・タクシーを利用する仕組みです。
然し全部の遺跡を徒歩で巡るには、優に2~3日はかかりそうでした。

そこで石見銀山開発の歴史が良好に保存されていると言われる、「大森銀山
保存地区」
を探訪することにしました。

大森銀山保存地区は、銀の生産活動が始まった銀山柵内(江戸時代初め柵で
厳重に囲まれていたためにこの名が残る)
 に隣接する町です。
江戸時代の武家・商家の旧宅や社寺などが混在し、よく保存されていました。

江戸幕府の代官所もこの地区にあり、今は資料館になっています。資料館には、
絵巻物や古文書・銀鉱石や精錬関係の道具類などが展示されていました。

町並みも江戸時代を彷彿させるものがあり、重要文化財の「熊谷家住宅」
有力商人の地位や生活ぶりを今に伝えています。

資料によれば石見銀山の世界遺産としての価値は、次の3点にまとめられます。

1、世界的に重要な経済・文化交流を生み出したこと

2、伝統的技術による銀生産方式を豊富で良好に残していること

3、銀の生産から搬出に至る全体像を不足なく明確に示していること


16~17世紀の全盛期には、世界の産銀量の約3分の1を日本銀が占めて
その殆どが石見銀山の銀だったそうです。
「黄金の国ジャパン」伝説も、架空の話と片付けるわけには行かないようです。

石見銀は高品質で、海外にも多く輸出されていました。そしてアジア諸国と
ヨーロッパ諸国を交易で結ぶ、原動力となっていました。

駆け足の探訪でしたから、石見銀山遺跡のごく一部を垣間見た程度でした。
石見銀山遺跡とその文化的景観の全体像を明らかにするには、もう2~3日
必要のようです。
また訪れてみたいという思いを残して、私たちは広島へ戻りました。


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