幼児教育を語るひろば

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「京都の道には哲学がある。奈良の古い道には素朴な詩がある。東京のは、ただ
通り抜けるための通路で歌が無い。」 
ある有名人が、こんなエッセーを書いてい
ました。 そうかなぁ?

この人は「道」というより、京都・奈良の「生活・文化」に魅力を感じているような節も
あります。(次のような文が、続いていました。)

「京都の古い道は、丹念に造られ清められて、しっとりとした人間関係をあらわし、
道行く人はだれ彼と無く会釈して自然である。」 と。


「わが道を行く」と言うように、道はしばしば人生に例えられます。

用事があって出かけたついでに銀座まで足を伸ばして、久しぶりに「銀ブラ」と洒落て
みました。(銀ブラもすでに死語のようですが・・・)

地下鉄丸の内線の銀座駅で降りて、数寄屋橋交差点口に出ました。「君の名は」
有名な数寄屋橋も、今は公園になっています。

銀座4丁目交差点方向へ向って歩き出し、「並木通り」を左折しました。右手に川端
康成の小説に出てくる、「松崎煎餅」店がありました。文化元年創業とありますから、
もう200年以上も続いているのでしょうか?

右折して、「松屋通り」に出ました。すぐに「銀座通り」とぶつかり、左に「松屋」・右に
「三越」が見えて、もうクリスマスセールをしていました。

銀座通りを新橋方面に向って進むと、すぐに銀座4丁目の交差点です。小春日和の
好天に恵まれましたから、人・人・人でごった返していました。

「和光」の手前に餡パンで有名な、「木村屋相本店」があります。パンのおいしそうな
香りを嗅いでいたら、林富美子の「放浪記」を思い出しました。
「いったいどこのどなたさまの、胃袋を満たすのだろう。」 と。

少し疲れたので森鴎外や谷崎潤一郎も足を運んだという、「資生堂パーラー」に寄っ
てコーヒータイムにしました。

銀座の道には、土が見当りません。行き交う人たちも、会釈を交し合う余裕はあり
ません。コンクリートの建物が、所狭しと並んでいます。前述の有名人は、こんな
風景を見て「東京の道には歌が無い」と言ったのかも知れません。

でもこうして歩いてみると、昔懐かしい柳の街路樹はあるし、どの店のショーウインド
ウもきれいに飾られているし、銀座の道には夢や希望があるような気がしました。

さらに銀座通りを西へ向って「松坂屋」のところから右折し、「交詢社通り」に入りまし
た。この通りには、画廊が目立ちます。芸術的な雰囲気が、漂っていました。

「外堀り通り」で右折し、数寄屋橋交差点まで戻りました。外堀り通りは上に高速道路
があって車の往来も激しく、とても散歩する環境ではありません。 嫌われる東京の
道の、典型だと思いました。

自然が少ないのは、東京の道の特徴です。それでもこうやって歩いてみると、捨てた
ものではないと自己満足しています。


ベルンハルト・Mシュミッドという、世界中の道の写真を撮っている人がいます。彼の
写真集の一つ「道のつづき(ピエ ブックス社刊)」が、手元にあります。彼は写真集
の中で、こんなことを言っていました。


「私は継続を好む。しかし、それと同じくらいに変化も好む。道は、継続と変化の両方
を象徴する存在である。道は、我々を新しい場所へと導いてくれる。」


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