幼児教育を語るひろば

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教師の資質(再)

もう50年も前に 「人間の壁」という小説が、朝日新聞に連載されました。
(石川達三著・後に新潮社から単行本が出版される)

志野田ふみ子という小学校の女性教師を主人公に、日教組の活動を舞台に当時の
教育問題の根底を突いた作品でした。教師になったばかりの私は、深い感動と関心
を持って小説を熟読しました。

当時は政府と日教組が、新教育委員会法案・教科書検定・勤務評定等の問題で、
四つに組んで渡り合っていた時代です。

勿論私も日教組の1員でしたから、「人間の壁」の登場人物やその職場に自分を
重ねて、直面する教育問題と取り組んでいました。 ・・・と、勝手に思い込んでい
ました。


日教組は昭和27年(1952年)に、「教師の倫理綱領」なるものを発表しました。
その中で 「教師は労働者である」と宣告して、国民に大きな衝撃を与えました。

なにしろ日本では 「寺子屋」時代から先生は 「師匠」と言われ、庶民より一段
高い位置にあって尊敬される存在でした。明治になってからも 「聖職者」として
あがめられ、「道を伝える者で報酬など当てにしない」 とされてきました。

大正7年(1918年)の文部省訓令には、次のように記されています。

「小学校教員たるもの すべからく職責の重大なるを自覚し 常に徳操の向上と 
学力の進歩とに努め 拮据励精その天職を尽くさんことを期せざるべからず」


要するに、「教師は聖職だから、国家のため給料など当てにせずに職責を果たし
なさい。」というわけです。ですから 「教師は労働者である」という日教組の訴え
は、日本の教師たちを 「聖職者」の呪縛から解き放ち、拍手で受け入れられた
のです。

日教組の訴えはある意味で教育の近代化・民主化に、大きく貢献したと思います。
反面 旧体制を強く批判し否定したので、文部省をはじめ政府とも激しくぶつかり
合うことになりました。

日教組の闘争が激しさを増すと、一般の人たちには 「教師は労働者で教育者では
無い」と映るようになってきました。 つまり政治的イデオロギーが前面に出て、だん
だんと教師像がぼやけてきました。

「人間の壁」 に登場する先生たちも、落ち着いた雰囲気の中で授業をしたいという
気持ちと裏腹に、組合活動で色々悩みます。私も30代になると「教師とは何か?」 
ということで、疑問を抱くようになりました。

折りしも昭和41年(1966年)に、ILO・ユネスコの 「教員の地位に関する勧告」
出ました。

その本文で「教職は専門職と考えられるべきである。それは、厳しい不断の研究に
より得られ、かつ維持される専門的知識及び技能を教員に要求する公共の役務の
一形態であり、また教員が受け持つ生徒の教育及び福祉について、各個人の及び
共同の責任感を要求するものである。」 
と述べています。

教師も人間 食べて行けないような給料では困りますが、「そうだ教師は子どもたち
のために存在するのだ、そのための専門職だ!」 という思いを、この頃から 私は
強く抱くようになりました。


コメント

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  • 2008/10/02(木) 14:08:23 |
  • |
  • #
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トミーさんへ

「教えることは学ぶことだ」、と言います。教育は、教師と生徒の相関関係で成り立つのですね。
小学校に勤めた私でも色々ありましたから、高校生相手のあなたの場合はもっと大変だったろうと推測できます。
いずれにしても、「初心忘れず!」の気持ちが大事ですね。

  • 2008/10/02(木) 15:15:54 |
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  • 元園長 #-
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