幼児教育を語るひろば

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秋来ぬと

昨日四谷三丁目(新宿区)へ友人たちと出かけたついでに、須賀神社に詣でました。この神社には江戸時代に描かれた三十六歌仙の絵が、社殿に掲げられています。
絵姿にはそれぞれの歌が書き添えられ、なかなかの傑作揃いです。

きっと京都辺りにあれば重要文化財として拝観料を取っていると思いますが、ここでは新宿区の「ミニ博物館」という表示があるだけで拝観自由です。訪れる人々も、あまり
いないようです。

三十六歌仙の一人、藤原敏行の次の歌は有名です。

 秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
      風の音にぞ おどろかれぬる


そんなことを思いながら境内を巡ると、木陰を爽やかな秋風が通り抜けて行きました。空を仰ぐと、夏の積乱雲の切れ目にすじ雲を見つけました。暑い暑いと毎日過ごしていましたが、秋は確実に近寄ってきているのです。

「〇〇の秋」という言葉は、いっぱいあります。「稔りの秋」 「読書の秋」 「スポーツの秋」 「芸術の秋」 「食欲の秋」 「天高く馬肥える秋」 ・・・・

それぞれ体験するのに絶好の時期・環境という意味でしょうが、まとめる・結論を出す時期という意味も強いようです。

「稔るほど頭の下がる稲穂かな」と言いますが、人間はなかなかそうは参りません。豊かさに溺れ 消費大国に満足しているうちに、日本は食料自給率40%に至らない危なっかしい国になっています。それでも懲りずに食べ物を無駄にして、生活用品も使い捨てが当たり前です。これでいいのでしょうか?

まだまだ世界では、貧困に喘いで毎日を送っている人が一杯います。「稔りの秋」と
浮かれる前に、日本人としてこの問題をどう考えたらよいか自問して欲しいものです。


「下学して上達す」、という論語の言葉があります。身近なことから学んで、その道を
究めることと私は理解しています。こつこつ努力して人間として最低限必要な知識・
技能を身につけて行く、いまの子どもたちの一番弱い点だと思います。楽をして答え
を出す・便利な方法に頼る・すぐに結果を求める等々、親もそれをよしとしています。

これでは本当の稔りは、期待できません。 殻(外形)だけ出来ても、実が詰まって
いなければ何の役にも立ちません。


午後5時ごろ新宿駅近くまで来ましたが、空模様が急に怪しくなって雷鳴と共に激し
い雨が降ってきました。しばらく雨宿りしましたが、1時間以上も降り続きました。

雨の後は一気に気温が下がり、ぐーんと涼しくなりました。帰宅してみると、わが家の
ある練馬区西部はあまり雨が降らなかった様子です。夕立は 「馬の背を分ける」と
言いますが、そのようです。

わが家の最寄り駅から帰る道は、あちこちから秋の虫の声が聞こえてきました。「どこ
でどんな虫が、どんな格好で鳴いているのだろうか?」 想像しながら聞きほれている
と、15分はかかるわが家までの道のりがとても短く感じられました。

風にも 雲にも 虫の声にも、秋の気配を感じます。「鳴く虫」という、私の好きな詩が
あります。

  鳴く虫  高橋元吉(1893~1965年)
  
  草かげの
  鳴く虫たちの宝石工場

  どの音もみんなあんなに冴えているから
  虫たちはきっといっしんになって
  それぞれちがったいろの宝石を
  磨いているのだろう

  宝石のひかりがうつり
  いいようもない色まであって
  方々の草かげがほんのりあかるい



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