幼児教育を語るひろば

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夢を大事に!

最近聖徳太子は架空の人物だったという説が、優勢になってきました。 お札から
肖像画が消えたのもそのためかと、勘ぐったりもしています。

古代史を研究する人・古墳を発掘する人・地層を調べる人・化石を探す人・・・・ 
昔のことを調査研究している人は、真実を全て明らかにしようと懸命です。

歴史的な事実が明らかになることは、 現在の学問・文化を発展させる上で大事な
ことだとは思います。だからといって、千年も二千年も信じてきたことが覆されるの
は寂しいことです。ましてや小学校以来慣れ親しんだ聖徳太子が、実在しなかった
と言われるのには抵抗があります。


幼児期は、「夢を見る時代」と言われます。 いや人生振り返って見ると、常に夢を
見ていたような気がします。人間は「夢を見る生き物」、と言ってもよいのではない
でしょうか?

幼児期の夢は、「空想の世界」と言い換えても差し支えありません。 子どもたちに
尋ねると、様々な答えが返ってきます。

「山の向こうに何があるでしょう?」 
 「きれいなお花畑」 「お人形さんの家」 「こどもの国」 「動物の国」 ・・・・

「空の上には何があるでしょう?」
 「天国」 「神様の国」 「雷様の国」 「お星様の国」 「虹の国」 「天の川」 
 「織姫・彦星の家」 ・・・・


「海の底には何があるでしょう?」
 「竜宮城」 「乙姫様の家」 「お魚の家」 「人魚の国」 ・・・・

幼児たちは身近な経験から空想するので、夢はどんどん広がって行きます。そして
その夢が、彼らの想像力を育んでいるのです。せっかくの夢を、大人が「そんなの
ウソだよ」などと否定すると、夢は一気にしぼんでしまいます。

想像力が育たないと、探求心も育ちません。探求心の無い子は、学習意欲も乏しく
なります。想像力は、やがて創造力に変わるのです。


思春期の夢も、大事です。 思春期の夢の特徴は、自分の理想像を追い求めること
です。自分が、いつも主人公です。そして恋愛も結婚も家庭も、自分中心に理想的
な姿を夢見ています。

世の中のあり方も理想的な社会を目指しますから、現実とのギャップに悩むのもこの
時期です。 やがては現実と妥協せざるを得ない時が来ても、思春期の夢は彼らの
生きる力(エネルギー)となっています。

人間は夢を見ながら、心も体も成長しているのです。

聖徳太子を架空の人物と認めるのは、夢を捨てて現実的な生き方をするのと似てい
ます。それも確かに、必要なことです。でも人生は、夢と現実の兼ね合いが大事なの
です。

聖徳太子の実在を信じたことで、古代史にロマンを感じて学ぶことが出来ました。
夢が想像力を膨らませ、ロマンを生み、学習意欲につながったのです。

聖徳太子架空論が、きょうのブログを書かせました。


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