幼児教育を語るひろば

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青春時代

「待合政治」 「料亭政治」 何年か前に流行った言葉です。昨日の防衛省前事務
次官守屋某の証言を聞いていても、政治の世界は昔とちっとも変わっていないこと
に気づかされます。

いまの青少年は、やる気がない・働かない・その場主義で未来志向に欠ける、等々の批判をよく耳にします。でも、国会でのこんなやり取りを見聞きしていたら、彼らを責める気にはなれません。

思春期の子どもたちを、「周辺人」と呼ぶ学者がいます。彼らが大人と子どもの中間にあって、いつも揺れ動いているからだと思います。

彼らは社会の中でも、自分の居る場所がなかなか定まりません。状況に応じて、大人になったり子どもになったりします。いずれにしても、もう大人に近いし、大人以上の力を持っているのは事実です。

ところで現在は中学校を卒業すると、殆どの子どもたちが高校へ進学します。小学校へ入学するのが当たり前のように、「高校ぐらい出なくては・・・」という感覚です。学校は、自分の能力を高める場だとは考えてもいません。

それが思春期の子どもたちから、夢や希望を奪っている大きな要因であることに、
大人(親)は気づきません。子どもたち自身に、学校の選択権がないのです。

このことは、大学進学や就職活動にまで影響します。「なぜ大学へ行くのか?」 
「なぜこの会社を選ぶのか?」という自問自答がありません。たまたまそこが、
受験(就職)しやすかったからに過ぎないのです。

ですから、学ぶ意欲・働く意欲も起きません。誇りもありませんから、中退しようと
ニートになろうと、一向気になりません。

大学生になっても(社会人になっても)、礼儀は知らない・決まりは守らない青年が多いと嘆きます。家庭が悪い・学校が悪いと責任を押し付けるのは簡単ですが、世の中全体がそんな風潮と言えるのではないでしょうか?

大人は自分が経験したことのないことを、子どもたちに見出すと不安になります。携帯電話などは、そのよい例です。携帯で会話をし、ゲームに興じ、時にはいじめや犯罪にも利用します。

アルバイトは、若者の風俗になっています。学生がアルバイトをしても、社会的な抵抗はありません。それで本当に勉強が出来るのだろうか? と心配にもなります。

若者たちの行動は、あまりにも自分たちの時代と違うので、大人は戸惑います。どうしても、行き当たりバッタリな生活のように見えて仕方ありません。

ですから子どもたちの全ての行動を理解し、支持するというのは無理でしょう。問題は彼らが自分の行動に、責任を持つことが出来るかどうかだと思います。

せめて大人は(親は)、 「誠実に悔いのない人生を歩んでいるか!」ぐらいの、
助言や励ましを与えるようにしましょう。


「青春」の詩(サムエル・ウルマン作)の、別訳を見つけました。

若さとは人生のある時期のことでなく 心のあり方のことだ
若くあるためには 強い意志力と優れた想像力と
激しい情熱が必要であり
小心さを圧倒する勇気と 易きにつこうとする心を叱咤する
冒険への希求がなければならない
人は歳月を重ねただけで 老いるのではない
理想を失うときに 老いるのである
好奇心と情熱を持ち続けるかぎり 人は老いない



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