幼児教育を語るひろば

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子どもとは何か? (再)

この課題は 私のブログの底流を流れているテーマです

ある時は 「子どもは天からの授かり者だ」 と説きました だから大事に育てて 「やがては天に返すのだ」 と言いました 天を社会と考えれば 理解頂けるでしょう

昔から言われる「子宝」というのは 子どもを信頼し 尊重する考え方です 人間尊重の精神に通じます どの子にも 人間としての尊厳 人格が備わっているのです 子どもを そういう目で捉えて欲しいということです

またある時は 「子どもは大人のミニチュアでは無い」 と言いました 子どもは 飽きっぽく いたずらが大好きです 大人にすれば 腹立たしく うるさい場合もありますが それが子どもであって 人生の1通過点です わがままな時代の子どもの姿を否定すると 子どもの順調な発達を妨げてしまいます

子どもの行動では 「どうしてそんなバカなことをするのだろ?」 と疑問を抱くような場面に よく出会います でもそれには必ず原因があります 不安や悩みを抱えているのかも知れません それを 大人に訴えている場合も多いのです そうではなくて 心や体の状態が悪い場合もあります

大人は 意外と子どものことを知りません 知ろうとしないと言った方が 当たっているかも知れません 子どもを理解するために有効な手立ては 先ずスキンシップです 次に一緒に遊ぶことです そうすると 子どもの姿が とてもよく見えてきます

さらにある時は 「未来に夢を描いている存在が子どもだ」 と言いました

子どもたちは 未知の話を大人から聞くと 目を輝かせ 熱中して聞き入ります そして 自分もそういう体験をしたいと 夢を抱くようになります また 偉人伝を読めば その偉業に憧れ 自分もそんな人になりたいと 必ず言います

子どもたちは 常に自分の将来について 理想のイメージを抱いています 彼らは それを実現する可能性を秘めているのです

そこできょうは 「子どもたちは 人間の歴史や文化を受け継ぐ存在だ」 と定義します

私たち人間は 長年月をかけて 現在の繁栄を築き上げてきました 大人には この繁栄の証である歴史や文化を 正しく子どもたちへ 伝える義務があります

私たちの常識というものは この歴史や文化の上に存在しています ですから 歴史や文化を伝えるというのは 常識を教えることと同じです ところが最近心配な出来事がありました

多くの高校で(中学でも) 必修科目の未履修問題が起きて 世間を騒がせていることです 受験指導を重視したため 入試に関係の薄い科目が軽視され 履修されなかったというのです 特に 必修の世界史を教えなかった学校が 多くありました 自由選択の日本史を教えないのは 当たり前という感じです

歴史を知らないということは 世の中を(社会常識を)知らないとに通じます 受験のために 社会常識のある子を育てていなかったのです こういう子どもが大人になったらどうでしょうか?

歴史だけではありません 学校が受験教育にばかり力を入れていると 人間の歩んだ道を 人間の築いた文化を 知らないまま大人になってしまいます その結果 思いやりや優しさの無い 自分勝手な人間ばかりを 世の中に送り出すことになります 恐ろしいことです
   

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