幼児教育を語るひろば

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教室の危機 (3)

学校教育で重要なのは 学ぶ年限や学校の名前ではなく その間に体験する内容やその質です 勿論 各学校では その内容や質を充実するために 色々と努力し工夫をしています

学校の教育目標は それを知る手がかりになります ところが この教育目標が 絵に描いた餅 ただのお飾りに過ぎない学校が 意外に多いのも現実です

それどころか 学校がいくら努力しても それを帳消しにするような出来事が頻発しています いじめの問題も 必修単位履修不足の問題も そうです

他にも 学校には心配事が山積しています 校内暴力や非行の問題 不登校や途中退学の問題 エリート主義的受験教育の問題 教師の質や指導力不足の問題 等々 早急に手立てを講じなければならない問題も たくさんあります

そこで 教室の危機が深刻化する前に よい学校とは? どんな学校のことか 原点に立ち返って考えてみたいと思います

シルバーマンは「教室の危機」の中で 2つの事例を挙げています 1つは イギリスのプローデン委員会が 「子どもと小学校」という報告書の中で述べているものです (1967年)

「子どもが将来のおとなとしてではなく なによりも子どもとして 生きることを学ぶ社会(学校)」
「幸福な そして将来に役立つ成人への最高の準備は 子ども時代を最大限に 子どもとして生きることにほかならぬ」


シルバーマンは プローデン委員会の報告は少し言い過ぎというか理想だとして 
プログレッシブ・スクール
(アメリカ)のカールトン・ウォシュバーンの言葉を紹介して
います (1925年)

「子どもをただ自由に 自然に 子どもらしく振る舞わせるだけだと やがて彼らが障害に突き当たったときに必要とする訓練を 与え損なっていることになろう」
「子どもは すべて 子どもとしてフルに そして自然に生きていく権利がある すべての子どもたちは 後に訪れるおとなとしての 人生を効果的に生きていくことが可能になるように 準備される権利をも有している」


つまり 子どもには 子どもらしく生きる権利と 将来の生き方を学ぶ権利の両方があり どちらも必要だと言っているのです

その上で シルバーマンは いまのアメリカのほとんどの学校は(1960年代) きびしい 抑圧的な 楽しみの無い状態で 子どもたちの両方の権利が否定されてしまっていると 警告しています

いまの日本の学校はどうでしょうか? 欲望消費時代 高度情報社会時代 と言われる現在です 時代の要求に応える教育改革はどうあるべきなのでしょうか? 「教育再生会議」は 改革の具体的プランを提示できるのでしょうか?

教育現場の実態を 徹底的に調査分析して 幼児教育から大学教育に到るまでの 教育観・教育方法を確立して 教育再生に真剣に取り組んでもらい 私たちの期待に応えて欲しいと願っています

  

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