幼児教育を語るひろば

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犯罪です

広島を拠点にした旅行記を「旅雑記」としてまとめてきましたが ずうっと空々しい感じがしていました どうしてだろう?と 自分の気持ちを見つめてみると 次の2点が気がかりになっていることに気づきました

1つは 被爆61年の「原爆の日」を前に 広島市に滞在していたからです 核廃絶を訴える平和記念式の準備に取り組む 多くの市民の姿を目の当たりにしたためです

長崎の場合も同じです そして 原爆被害だけではありません 地上戦のあった沖縄 空襲を受けた多くの町や村 そこでの惨禍の全てが 私に「待った!」をかけたのです 戦争という名で 殺人という「犯罪」が繰り広げられた事実を 突きつけられたのです

この時期広島にいたことが最大の理由ですが 私から「旅雑記」の気持ちを奪ってしまいました 原爆投下という犯罪に 私の気持ちが縛られてしまったのです

もう1つは ふじみ野市の市営プールで 小2女児が死亡した事故です それでなくても 最近 子どもが被害者になる殺人事件が多発しています どうにもやり切れない気持ちで一杯です

この事故は ふじみ野市も プール管理を委託された業者も またそこから仕事を丸投げされた業者も あきれるほど 二重三重のミスを重ねています

ふじみ野市も 業者たちも どう反省しているのでしょうか? 彼らは「犯罪」を犯しているのです ちっとも自覚していないように感じます

肝心のふじみ野市の対応振りにも あきれるばかりです 責任が業者にあるかのような発言もあります いくら職員が忙しいからといっても 人命が関わる問題です 行政が直接管理する余裕が 本当に無かったのでしょうか? 責任逃れのための業者委託としか思えません

事故は色々な場で 突然起こります 原因を調べると 人的なもの 物的なもの 多様です ただ いずれの場合にも共通して存在するのが「不注意」です その不注意をカバーするのが「責任」です

今回のプール事故でも 家族の悲しみや怒りは計り知れません ふじみ野市の行政に携わる人たち 委託された業者の人たちが それをどう受け止めているでしょうか? いま 責任の感じ方・とり方が問われているのです

小2女児の生命を奪ったことが どんなに罪深いことか 少なくともふじみ野市側は プール事故として現象面だけで捉えて 法律的に解決しようとは 思わないで欲しいと思います 安全教育や安全管理の対策は勿論 行政のあり方という観点から ふじみ野市の全体像を捉えるように努力して下さい   

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