幼児教育を語るひろば

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人の気持ちは変えられるか?

十人十色 人の気持ちも色々です ここで言う気持ちとは 「心の持ち方」・
「心の動き(行い)」
のことです

自分の気持ちでさえ日々変わるし 大変複雑です ましてや他人の気持ちを変えるなど とても難しいことのように思われます それに 人の気持ちを変えたいと思う時は 相手の言動がおかしいとか 自分の気持ちと違うと 気づいた時ですから

人の気持ちと言うのは 「知的」な部分と 「感情」の部分によって構成されているように思います 知的な部分には 順序性も合理性もあり ある程度コントロールできるような気がします しかし 感情をコントロールするのは難しいと思います 教育の力でも 感情を変えるのは無理でしょう

感情は 成長と共に発展して行きます そして私たちは 日常生活において 感情によって目的を選び行動を決めています 感情のはたらきは 生活の中で大きなウエートを占めているのです

学校教育では どうしても知的活動に力を注ぎます 知的な努力をすることが よく
勉強することと思われているからです ですから 感覚・感受性・感情というような心の持ち方・心の動きは 個性と見なされて あまり取り上げられません その結果 ゆがんだ考え方や行動が 許されてしまうのです

どうしたら「感情の教育」が出来るのでしょうか?

サッカーW杯大会のテレビ中継を見ていると 多くのサポーターが 自分の感情や
感動を W杯大会の世界に没頭させています 自分の気持ちを 誇らしげに表現しているようにも見えます 多分サポーターたちの感情は 試合会場で美しく豊かになって 質の高いものに昇華しているのだと思います

本題に戻りますが 知的なものは教育が可能というものの 論理が一方的に身勝手な方向に発展して定着すると かえって頑固で意固地な考え方となって これを教育したり修正したりするのは 極めて難しくなります ですから 人の気持ちは なかなか変えられません

学校が点数をつけるような活動ではなく 子どもが表現したいという意欲や感情を 
大事にする活動に力を入れれば 少なくとも 子どもたちの感情を教育することは 
可能だと思っています

でも問題は大人です 感情の貧しい ゆがんだ考え方や行動が身についてしまった
人たちには 打つ手が見つかりません ただこういう人たちには 次のような特徴が
あります

*集団の中で育っていない (人間関係がつくれない)
*青年期の悩みを継続して抱えている (進学・就職・恋愛・劣等感・孤独感
 ・精神の病気 等々)


このような人たちを 今さらドイツへ連れていって サポーターになってもらうわけにも参りません 私にも名案はありません 

昔から「感化」という言葉があります 本人に何らかの影響を与えて 心や行いを自然に変えさせる方法です つまり 常識的な集団活動に参加させて その人間関係によって矯正するのです でも それもネコに鈴をつけるより難しく 何よりも 本人にその気がなければ不可能です この問題は 最近深刻な問題にもなっているのですが 
永遠の課題かも知れません 

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