幼児教育を語るひろば

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闘争心

サッカーW杯クロアチア戦は 惜しくも引き分けとなって 決勝トーナメント進出の可能性が厳しくなりました

試合終了の笛と同時に 多くのサポーターのため息が テレビ中継の画面を通して聞こえてきました さすがワールドカップ大会に出場する国々の実力は 互角というより侮れないものがあります

「熱戦」という言葉がありますが ニュルンベルグの競技場での試合は 実際に熱暑の中で展開されました 素人目にも 日本選手の暑さの中での頑張りが ひしひしと伝わってきました それで十分と私は思いました しかも次のブラジル戦に 僅かでも望みをつないでくれたのですから 選手たちへ ご苦労様と拍手を贈ります

サッカー通でもない私が W杯のニュースに興奮し 本能的・生理的に 闘争心が
目覚めてくるから不思議です

闘争心と暴力は 近い関係にあります 今回のW杯でも フーリガン対策で ドイツ
政府は苦慮していました フーリガンが暴れるのも 原始時代の闘争イコール暴力の名残りかも知れません

人間は長い争いの歴史を経て ルールのあるスポーツを誕生させました 人間の素晴らしい知恵であり 文化です 見方を変えれば 本能的な闘争心が(暴力が) 形式化・様式化されたのです

サッカーのように 集団の協力を必要とするスポーツは 原始時代の「狩り」と似ていると言われます 狩りは集団で行われましたから 基本的に個体は基準になりません 常に協力的な集団の攻撃力・防衛力が求められました それでも各個体の力が弱いと 集団の力も低下してしまいます 個と集団の力のバランスがとても大事です サッカーでも同じことが言えるように思います

話を闘争心に戻します 動物界における同種間の争いを見ると 勝つというのは優位に立つことで 殺すことではありません  つまり 優位を占めることが目的であり 破壊が目的ではないのです そうやって 同種の平和と種族維持を図っているのです

一方で私たち人間は 争いの歴史の中で 暴力に変わる強力な人工兵器を造り続けてきました 今ではその兵器を 戦場で遠隔操作で使用しています ですから 一人一人の兵士には敵の姿が見えません さらに 戦争の目的もぼやけて 何のために戦っているのか 分かりません 現代戦争では 固体が全く戦争の中に埋没してしまいます

闘争心の話が ずいぶん飛躍してしまいました 私の願いは せっかくのスポーツが 戦争の代理物とならないように! ということです  

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