幼児教育を語るひろば

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少年犯罪と裁判

今朝のA紙社会面に「裁判員制度向け最高裁調査」というものが紹介されていました 裁判における判決について 裁判官と私たち市民の判断の違いを比べたものです ずいぶん違いがることを知りました また 市民間でも 同じ事例の事件なのに 死刑から執行猶予まで ばらつきがありました

事例は 「多重債務を抱えた男性が 借金の取り立てに来た男性に腹を立てて刺殺した」 というものです 調査から 被告が少年である場合の 刑に対する市民と裁判官の回答の違いは 次の通りでした

*被告が少年である場合の刑         
           市民(百分比)  裁判官(百分比)
  「重くする」      12、3         0
 「やや重くする」    12、1         0
 「やや軽くする」    18、8       47、1        
 「軽くする」        5,9       43、6        
 「どちらでもない」   49、9        9,3

被告が少年であることは 裁判官の9割が 刑を軽くする要因でしたが 市民の25パーセントは 重くする要因だと答えています どこからこの差が生じるのでしょうか? 

私は 裁判官の卵たちの 法律の勉強法に課題があると推測しています 個々の
事件の人間関係や その背景はあまり問題にされず 法の精神のようなものが 重視されるためだと思います つまり 被告が少年の場合は その少年の将来を考えて 
更生の機会を与えることに 判断の基準を置くからだと思います 

ですから どうしても被告の粗暴さ 凶暴さに対する比重は 軽くなります ましてや 被害者側の受けたもろもろの傷 心の痛みなどは 忘れられ勝ちです だから 市民と裁判官との 刑罰に対する考え方には 大きな落差があるのです

折りしも 99年に山口県光市で起きた 少年による母子殺害事件の 最高裁弁論
不成立が話題になっています 事件当時18歳だった被告の弁護人2人が 弁護士会の用事で欠席したため 開廷できなかったというのです

私たち市民の目から見ると 遺族の立場を考えるまでもなく この弁護人の態度は
許せません 弁護人まで信用できなくなったら 裁判の権威はどうなるのでしょう?

そういう意味からも 新しく発足する 「裁判員制度」に 期待したいと思います 制度を成功させるには 市民の常識が反映されるものでなければなりません 始めに紹介した調査で 裁判官の判断にバラツキが無いからといって 正しいとは限りません 
裁判員制度は 私たちの声が 犯罪少年の裁判にも生かされる 最後のチャンスだと思っています

従来 何回も取り上げてきましたが いわゆる「少年非行」と言われる問題は 放置しておけば やがて凶悪な犯罪に成長してしまいます 小中学生の 万引き 喫煙・
飲酒 金銭持ち出し 非行が原因の不登校 等々 非行も色々あります 

少年事件の場合 多くは事件が明るみに出た後で 「あんなおとなしい子が・・・ よい子が・・・ 何故?」 「うちの子にかぎって・・・」などと 大人は初めて気づくのです 事件は 決して特殊な子どもが起こす現象ではありません

非行の原因は色々です 家庭の監督力が大きく関わることは 言うまでもありません 忘れてならないのは 「非行」は子どもが発するサインです 親に対して 学校に対して あるいは社会に対して サインを出しているのです 場合によっては 助けを求めている時もあります

子どもの非行問題は 親をはじめ 周囲の大人の態度に負うところが とても大きいことを覚えておいて下さい    







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