幼児教育を語るひろば

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ほんものとにせもの

最近の様々な事件を見聞きして ずいぶん昔 版画家の棟方志功さんが話されたことを 思い出しました (棟方さんは 板画と書いていました)

ある時 棟方さんは 「あなたの作品の偽物が見つかった」 と言われ その人とそれを見に行ったそうです
すると 偽物の方が とても上手でよく出来ていました 棟方さんの作品の方が 汚れているし 下手で とても比べものにならないのです
それで 一緒に見た人が 「じゃあ 汚れているのがあなたのですね」 と言いました 「そうです」と答えたら 「そうですか 汚れて下手な方が本物なんて 面白いですね」 と笑いました

偽物を作った職人は これを1枚刷って 後世に残る作品にしようなどとは 考えてもいません 彼らは 軽くなでても 黒々と刷り上げる技術を持っていますから 仕上がりが全然きれいです

一方棟方さんは むきになって 汗を流して刷りますから 紙の裏にまで 墨が通ってしまいます だから 裏が真っ黒に汚れているのが 棟方さんの作品というわけです

版画家としての想いと 職人としての職業的な考えとは 全然違うと 棟方さんは考えています だから きれいな方が偽物になるのです

あまり上手でない方が ものに生命や 魂を置ける場所を 残していることになる 
というのが棟方芸術です 
やはり いいことばかり人に見せようとすると 仕事が弱くなる 激しく 悪も(強いと
いう意味の)入らなくてはダメだと 棟方さんは言われます

棟方さんは 子どもの版画についても 話をされました

子どもの版画は 素晴らしいそうです それは 自分が無いからだというのです 
(自分を忘れて仕事をする 欲が無いということ)
版画を彫る子どもの体自体が 版画になってしまうからだと 棟方さんは信じています

子どもだから 泣いたり わめいたりしながら 仕事をすることもあるが 子どもの涙は 神様や仏様の涙と同じだ というようなことも言われました
大人の涙は水っぽくて 湿っぽいけれど 子どもの涙は ガソリンみたいで 火をつけると 激しく燃え上がるというのです

自分を忘れた仕事は (不所存 又は所存に非ず という言葉を使われました) 一を成したら すぐに 十・百・千・万と 知らず知らずのうちに数が増えて 大きくなって行くというのです

日常生活において 私たちも 美辞麗句に惑わされないで ほんものとにせものを 
しっかり見分ける力を 身につけるようにしましょう
  

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