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幼児教育を語るひろば

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納涼 今昔物語


 風鈴 ( 2018, 7. 17 写す )
     左は南部風鈴(南部鉄で作られている)

日本の夏には欠かせぬ納涼必需品でしたが、最近は音がうるさいと
苦情が来るそうです。クーラーの音も結構うるさいと思いますが、
合理化・自己中化の声にはかなわないと言うことでしょうか?



言うまいと思えど今日の暑さかな

高校時代に You might think today's hot fish. と、英語の言葉遊びをしたことを思い出しました。


それにしても連日の猛暑に、為す術もありません。西日本豪雨災害被災地も、この暑さに苦しんでいるようです。

被災された方々は勿論、支援活動を続ける警察・消防・自衛隊・当該自治体の職員の皆さん、他にボランティアの人たち、猛暑の中の活動 本当に頭が下がります。

熱中症に注意されて活動されるように、心から願っています。


今は暑ければクーラーに頼りますが、昔の人はどんな納涼対策をしていたのでしょうか?

昔と言うより、私の子供時代もクーラーなどありません。子供時代を思い出して見ました。

山も庭も 動き入るるや 夏座敷 
               (芭蕉)

夏になると家のふすまや障子を外して、すだれをかけ、風通しが良くなるようにしました。いわゆる夏座敷に替えました。

それから軒に風鈴を吊るしました。風鈴の音も風情がありましたが、涼風を感じることができました。

クーラー代わりには、うちわが用意されました。家族それぞれの個人用と、来客用のうちわです。

裕福な家庭には扇風機がありましたが、わが家に扇風機がやって来たのは、終戦後だったと思います。

室内を涼しくするために役立ったのが、金魚鉢です。縁日の金魚すくいですくい上げた金魚をその中に入れて、涼を求めたのを覚えています。


日中の暑さが厳しくなって来ると、打ち水をしました。打ち水のついでに子どもたちは、水かけ遊びをしました。そのために、竹で水鉄砲を作りました。その頃は、遊び道具もみんな手作りでした。

ついでにたらいに水をはって、水浴びをしました。プールも完備してない時代でしたから、夏休みの子どもたちの暑気払い行事でした。

当時冷蔵庫のある家庭は珍しく、冷蔵はもっぱらたらいなどに水を入れて、その水で食べ物を冷やすのが普通でした。
キュウリ・トマト・マクワウリ・スイカなどを冷やして食べました。


戦前からアイスキャンデーは、氷屋さんで売っていました。また、自転車でも売りに来ました。でも「疫痢になるから・・・」と言われ、滅多に買ってもらえません。買ってもらった時は、暑さも忘れて味わったのを思い出します。


夏の土用の頃は、夏バテ防止のご馳走が出ました。天ぷら・柳川・うな重などですが、なぜか甘酒を飲みました。


夕方になると路地に縁台が出て、近所の人たちが夕涼みがてら集まりました。男性は浴衣をだらしなく引っ掛けて、上半身裸で平気でした。

夕涼み よくぞ男に 生まれけり
              (其角)

庶民の暑気払いと、コミニュケーション作りの知恵だったのでしょう。


暑さ寒さも彼岸まで と言って、納涼の基本は我慢だったように思います。




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