幼児教育を語るひろば

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終戦記念日

72年前のきょう、私は母の実家で(福島県)数人の大人に混じって、終戦を告げる天皇の録音放送を聞きました。

大人たちは神妙に聞いていましたが、子供の私には中身がよくよく分からなかったのを覚えています。そばにいた叔父が、「戦争が終わったよ」と教えてくれました。

戦争に負けたらしいということは、 大人たちの雰囲気から察しました。  でも、信じられませんでした。

昨日まで 「神国日本は、 鬼畜米英に負け無い!」 と、 繰り返し教え叩き込まれて来ましたから、日本が負けるとは思っていませんでした。

例え負けそうになっても、必ず神風が吹いて勝利すると、元寇の役を例に思い込まされていました。北朝鮮の人たちを笑っていられない教育が、わが国でも行われていたからです。


憲法改憲の声が聞こえてきますが、戦争放棄を謳った現憲法のお陰で、わが国はまがりなりにもこの72年間、平和を守って来ることが出来きました。

72年も経過すると、戦争の惨禍を知る人たちが少なくなりました。でも、戦争の傷跡は、まだ日本中のあちこちに残っています。


北朝鮮と米国の雲行きが怪しくなってきました。(日本も無関係ではありません)  でも、 二度と戦争を引き起こしてはなりません。  終戦記念日のきょうは、声を大にしてそれを訴える日です。


広島へ行くと、本通り商店街(広島最大の繁華街)近くの「袋町小学校平和資料館」によく寄ります。原爆の爆心地から460メートルほどの距離です。

現在袋町小学校は立派に再建されていますが、 その一角に被災校舎の一部が、平和資料館として保存されています。賑やかな商店街の中に、ひっそりと佇んでいます。

原爆投下時、在校していた160人ほどの職員・児童の命を、瞬時にして奪いました。拝観する度に、不戦の誓いを強くして帰ります。

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  原爆で黒く焼け焦げた壁に、家族や児童の安否を尋ねる言葉がチョークで
  書かれている。(原爆投下後に伝言板代わりに使われた)


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  被曝した扉

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  チャイム役の太鼓



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