幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

受験勉強

昨夜10時過ぎ、JR吉祥寺駅北口バス停で終バスを待っていたところ、二人連れの中学生の会話が耳に入ってきました。彼らは、学習塾の数学の問題について話し合っていました。話の様子から彼らは今年度受験するのでは無く、来年度受験するようです。

今年度は受験も終わった頃なので、学習塾は今頃暇だと思っていましたが、どうやら思い違いのようです。

学習塾の目的は、生徒が受験教科の知識を効果的に蓄え、それを必要に応じて受験に利用出来るようにすることです。つまり、受験教科の内容に関わる知識を豊富に蓄えさせることです。

確かに学習塾で勉強すると、知識は蓄えられ、専門化が進み、知識量は豊富になります。でも、子供たちの生活時間はどうなっているのでしょうか?   学校の勉強と学習塾の勉強は、相互に関連し合っているのでしょうか?

関連無ければ、両者の学習はその殆どが深く理解されないまま、あるいは片方が身につかないまま、コマ切れの知識習得になっているのではないでしょうか?

そうなると、 せっかくの勉強も転移不能、 あるいは発展不能に陥る心配があります。

ルソーは「 エミール 」 の中で、12〜15歳の時期の子供にふさわしい教育を次のように述べています。

 12〜15歳は少年時代で、体力も充実してくるのであって、この時期こそ勤労と教訓と学問の時期である。しかし、それまでの感覚を観念に変化させるのは科目を教授することによってではなく、自然現象に注目させることによってである。地理を学ぶ場合のエミールの出発点は、彼が住んでいる町と田舎の別荘であり、また近くの河川や太陽の位置による方角の定め方などである。また磁力についての知識を得るには、エミールに手品師が水盤に浮かんでいるロウ細工のアヒルを巧みに動かすのを観察させなければならない。
 このように12歳から15歳という最も知力が活動する時期においても、教科書はほとんで用いないで、もっぱら経験によって学ぶのである。この時期の少年に推奨する唯一の書物は、ロビンソン・クルーソーである。
 このようにしてエミールは、肉体と精神が共に訓練され、相互に補い合うことが必要で、そのためには晢学者のごとく思考し、農夫のように働かねばならない。エミールの知識の量は少ないが、その知識は本当に彼自身のものであり、中途半端なものは全く存在しないのである。


子供たちに、知識詰め込み教育の愚を説いてもわかりません。それより親たちにルソーの教育論を知って欲しいと願っています。

学習塾での受験勉強が、子供たちの知的能力の発達に役立っていないとは言いません。入学試験にも役立つことでしょう。でも受験が終わったら、せっかく蓄えた知識も忘れ去れてしまうのも事実です。

この時期の子供たちが最もよく学習するのは、自分の必要性や目の前にある事象への興味関心です。塾帰りの子供たちの様子を見て、それらが彼らの生活から離れてしまわないかと心配になりました。



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1739-26fdf218