幼児教育を語るひろば

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超寒波襲来

毎年大学入試センター試験がある頃は、厳しい寒波に見舞われて受験生たちを悩ませます。今年も14・15日は、冬型の気圧配置が強まり、日本海側の地域を中心に、各地で大雪が降り吹雪が吹き荒れました。

だから学年度の始まりを、4月では無く9月にした方が良いと主張する人たちがいます。一理あります。(私は4月派ですが) 世界に目をやると、9月新学年度始めという国が多いようです。

北国での生活の苦労や雪による災害は、東京で生活する私たちの想像を超えたものがあります。「 北越雪譜(鈴木牧之著・江戸時代後期)」にも、雪国越後の生活の大変さが描かれています。

昨日・今日と、雪国の人たちの雪掻きや雪下ろしに追われている様子が、テレビの動画で伝えられています。死者や怪我人も出ています。1日も早い天候の回復を願っています。

東京で暮らす私たちの雪のイメージは、「雪花」とか「雪化粧」という言葉もあるように、雪の降る様子や雪景色を美化しています。

「雪見酒」と言えば、雪の降る様を眺めながら、呑気に酒を楽しむことです。「北越雪譜」とは、遠い世界の話です。

幼い頃、雪が降ると母から「雪兎」を造るように言われました。雪でウサギの形を造ったら、南天の実を目玉に、ユズリハを耳にしました。縁起物だからと言われ、それを玄関先に置きました。

東京でも雪が降れば、子供たちは雪だるまづくりや雪合戦で大はしゃぎしました。当時暖房用の燃料は、木炭や炭団が主でしたから、雪だるまの目・眉・口などに利用しました。

雪合戦は、時節柄戦争ごっこでした。ガキ大将の指示で、敵味方に分かれて投げ合いました。でもあまり硬くすると怪我をするからと、手加減するように教えられました。ガキ大将に統率されながら遊びのルールも身につけ、いじめもありませんでした。

雪降りの朝は、玄関前と周辺の道路の雪掻きは私の役目でした。どこの家からも雪掻き役が現れて、協力しながら道路の雪を払い、通行人が歩き易くなるようにしました。社会人としてのマナーを学ぶ機会にもなりました。

学校でも、雪だるまづくりや雪合戦をしました。確か中学年の時、担任の N 先生が「雪女」の話をしてくれたのを今でも覚えています。

雪の降る静かな夜に、白い着物を着た女の人が 「 トントン 」と入り口の扉を叩いて訪ねて来た・・・  と、低い声で先生が話し出しました。教室中が一瞬静まり返って恐怖心に襲われたこと、そして先生の声が耳に残ったこと・・・。懐かしい思い出です。

いずれにしても都会暮らしの私には、雪はロマンを掻き立ててくれる自然からのメッセージとして心に刻まれています。


雪の便りを聞きながら、今夜は鍋物で身体を温めようかと思いました。でも
幸田 文 は、「 雪が降るからこそ、湯気の鍋よりむしろ潔く青い野菜などが、
膳へつけたかった。( [蜜柑の花まで] から )」
と書いています。

人それぞれですね。


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