幼児教育を語るひろば

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烏兎匆々 (師走雑感)

古人は、歳月が慌ただしく過ぎる様子を「烏兎匆々」と言いました。カラスは太陽に棲み、ウサギは月に棲んでいると言われます。太陽と月は歳月を表しますから、こう言う熟語が生まれたようです。 今年も残り少なくなりました。 
つくづくそんな思いに駆られています。

ところで、12月の異名はいっぱいあります。

師走・暮冬・季冬・限月・餘月・氷月・春待月・三冬月・年積月・弟月・・・

読み方が分からないものもありますが、どれも12月らしい呼び名です。

「西高東低」  冬の天気予報でよく聞く言葉です。大陸からの北西季節風が吹き
抜ける日は、太平洋側は晴れ、日本海側は雪と、相場が決まっています。

冬の寒さも、体の鍛錬には良さそうです。温暖な気候だけだったら、怠けて体が鈍ってしまうような気がします。だから四季のある日本で生活できるのは、幸せなことです。

寒い冬の日、1日の終わりに温かい湯舟でくつろぐのは極楽です。それに湯上りのビールでもあれば、言うことありません。

ところで、 お風呂をなぜ 「湯舟」 と言うのでしょうか?   
さっそく調べてみました。

江戸時代、舟の内部に浴槽を設けて、料金を取って入浴させたのが湯舟の始まりだそうです。当時は一般家庭に内風呂が無かったので、大変な人気でした。銭湯が普及したのは、江戸時代後期ですから。当時は、井戸水をたらいに汲んで体を洗う程度でした。

江戸の市街には、あちこち水路が張り巡らされて、水運が盛んでした。ついでに風呂桶を乗せて稼いだのが「湯舟」ですから、なかなかの知恵者です。

雁風呂 (冬のお風呂の話題をもう1つ)
冬鳥の雁が、数千キロの旅を経て北国から日本にやってきます。雁たちは、途中海の上で一休みするために、小枝を咥えて飛ぶと言われます。小枝を海上に浮かべて、そこで休憩するのです。

日本に着くと、雁は用済みの小枝を海岸に捨てます。それを人間が拾い集めて
風呂の燃料にするので、「雁風呂」と言うのです。でもこれは、冬の到来を告げる作り話のようです。

夏は真上から照らしていた太陽も、今頃は斜めから射し込んできます。正午でも、夏の頃の夕陽と同じ角度だそうです。

夏は太陽の光もギラギラと輝く白光色でしたが、冬はオレンジのような赤黄色です。影の長さも長くなりました。でも冬至が過ぎれば日脚も少しずつですが伸びて、影もちじまってきます。

「北越雪譜 (鈴木牧之著・江戸後期の越後魚沼付近の冬の厳しい生活の様子を
紹介) 」の 「雪蟄(ゆきごもり)」に、こんな記述があります。

およそ九月末より雪降り始めて、雪中に春を迎え、正二の月は雪なお深し。三四の月に至りて次第に解け、五月に至りて雪全く消えて夏道となる。
年の寒暖により遅速あり、四五月になれば春の花ども一時に開く。されば雪中にあることおよそ八ヶ月、一年の間雪を看ざることわずかに四ヶ月なれども、全く雪中にこもるは半年なり。
(以下略)

「寒い! 寒い!」 と嘆いていても、東京は北国と比べれば温暖な気候です。雪国で生活する人たちのことを思えば、寒さに負けてはいられません。



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