幼児教育を語るひろば

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言葉は心の使い (3)

言葉が、時には不要な場合もあります。「沈黙は金・雄弁は銀」 という諺もあるくらいです。「言葉多きは品少なし」です。おしゃべりも度を越すと、人間の値打ちを下げてしまいます。

次の記事は、24日付け朝日新聞「折々のことば(鷲田清一)」に載っていました。

 今日は天気がいいね。
                                              ある小学校長

 鶴見俊輔が小学生の時、校長が朝礼でこう挨拶した。
それだけ言って壇を降りた。 代わりに、陰で相当努力
していたのだろう。児童とすれ違った時は名で呼び、
少し長めの話をした。   語りかけは個々の誰かにする
もので、不特定多数を相手にすれば演説になると考え
たのだろう。   高い位置に昇ったことのある人の話は
長いのに、この人は違ったと哲学者は言う。
「思い出袋」から。


秋晴れのある日、私も現職時代にこれを真似たことがあります。


「言葉は心の使い」と、言われます。心に思っていることは、ごく自然に言葉となって口から出てきます。言葉は、心の思いを表現する手段でもあるのです。

そう考えると、言葉を疎かにするわけには参りません。

                                   ー終ー


わが家はいま木芙蓉(もくふよう)が盛りです ( 2016, 9. 25 写す )
  睡蓮(すいれん)も芙蓉と言われるので、芙蓉と呼んで区別されます。
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