幼児教育を語るひろば

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幼年期 (4)

子供はどう考えるか?
ピアジェ(1896〜1980年・スイスの心理学者)の「子どもの因果関係の認識」(岸田秀訳・明治図書発行)から。

雲の運動 (雲はどうして動くの?)
雲の運動に関する子どもの説明は、5つの段階に区別できる。
第1段階は、魔術的段階である。われわれが動くから雲が進むのである。雲は、距離をおいてわれわれについてくる。この段階の平均年齢は5歳である。

第2段階は、人工論的であると同時にアニミズム的である。雲が進むのは、人間または神が進めるからである。この段階の平均年齢は6歳である。

第3段階では、雲はひとりでに進むのだが、子どもはその運動の理由をはっきりと言わない。この段階の平均年齢は7歳である。  (以下略)

第1段階の事例
S (8歳)。「何が雲を進ませるのですか?」ー「人が進むと雲も進みます」ー「きみは雲を進ませることができますか?」ー「誰だってできます。歩いているときには」ー「わたしが歩いて、きみがじっとしているとき、雲は進みますか?」ー「はい」ー「夜みんなが眠っているとき、雲は進みますか?」ー「雲はいつでも進んでいます。猫が歩いても、犬が歩いても雲は進みます。」

かなり上の年齢の子どもにおいても、第1段階の名残がまだ見い出せる。S は、雲は生きていて意識があると主張する。

C (3歳9ヶ月)は、散歩の途中、白雲が非常に速く進んでいるのを見て、自分から「運転手が雲を進ませている」と叫んだ。この子は、数日前、地ならしローラーを見て、運転手と煙突から出ていた白煙とに強く印象づけられたのだった。

このような例は、ある意味でまだ魔術的である。運転手が、空中にある雲をも含めて、すべての雲を進ませると考えられているからである。

第2段階の事例
St (5歳)。「何が雲を進ませるのですか?」ー「神さま」ー「どうやって?」ー「押すのです」。

しかし、St は、神のこのような実際的働きかけが雲の運動のために必要不可欠だとは考えていない。雲が空中に「じっとしているのは、神さまがそう望んでいるからです」と言う。そのほか、雲はひとりでに進むこともあるが、それは神の命令によってであると思っている。

P (8歳2ヶ月)。「何が雲を進ませるのですか?」ー「神さまです」。
しかし一方で、「雲は生きています」ー「なぜ?」ー「動くからです」と言う。

第3段階の事例
第3段階の返答には5つの型が区別できる。
 第1型→雲の進行を天体のせいにする
 第2型→夜のせいにする
 第3型→雨のせいにする
 第4型→寒さ・悪天候・風のせいにする
 第5型→雲はひとりでに進むと考える

こうした説明の背後には、漠然として目的論的・精神的原因の影響が見て取れる。(第1型と第5型の事例を紹介)

G (5歳)。  雲は煙突の煙である。「なぜ雲は進むのですか?」 ー 「月が進ませるのです」。しかし G は、月がどうやって雲を進めるのかはっきりさせることができない。「雲は自分が進んでいることに気づいていますか?」 ー 「はい」 ー 「月によって進ませられていることに気づいていますか?」 ー 「はい」 ー 「では、月はそのことに気づいていますか?」 ー 「はい」。 G は、雲が月についてゆくと言うだけである。(第1型)

Pe (7歳半)。 「雲は進みますね。なぜですか?」ー 「別の場所へゆくためです」 ー 「どうやって?」 ー 「ひとりでに」 ー 「雲は自分のゆきたいところへゆけるのですか?」 ー 「はい」。(第5型)


ピアジェは、子どもの世界観は次の3つが主調をなしていると言います。
 ① 思考の実在論(魔術的実在論)   ② アニミズム   ③人工論



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