幼児教育を語るひろば

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「ゆとり教育」 是々非々

ゆとり教育が批判されるようになって久しくなります。
今回馳文科相は、「教育の強靭化に向けて」というメッセージを発表して、ゆとり教育との決別を宣言しました。

彼は、「ゆとり教育」を「ゆるみ教育」と詰っています。ゆとりは、すっかり悪者扱いです。二度とゆとりに逆戻りしないための、「脱ゆとり宣言」と称しています。

ゆとり教育は、本当に失敗だったのでしょうか?  30〜40代の働き盛りが、「自分はゆとり世代」と、自嘲する傾向もあると聞きます。

教育内容を3割削減した平成10年の学習指導要領は、確かに「学力低下を招いた」と、特に知識人を自負する筋から批判されました。

学力低下は、客観的なデータから判断されたものかというと、曖昧なところがあります。受験競争が激烈化し、試験制度のもたらす弊害が表面化して、ゆとり教育の目的が全く歪められる結果になったのではないでしょうか?

8年前に改訂した現行指導要領は、中身を(授業時間を)増やす方向に舵を切りました。どのくらい増やしたか、小学校の総授業時数で見てみます。

現行の総授業時数
1年・850 (782)    2年・910 (840)    3年・945 (910)
4〜6年・各980 (各945)        *(  )内は平成10年の総授業時数

平成20年の改訂時にはプログラミング教育の必修化も考えているそうですから、ゆとりはさらに追いやられる運命です。

脱ゆとり教育と言っても、教育課程編成の方針が変わったわけではありません。平成10年の指導要領(小学校)では、指導要領総則の中で、教育課程編成の一般方針を次のように記しています。

学校の教育活動を進めるに当たっては、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を図るとともに、基礎的・基本的な内容の指導を徹底し、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。

現行では言葉を多くして詳しく記していますが、ゆとりの何が問題だったのか、何を変えたいのかを、総括して説明しているわけではありません。
それでもゆとり教育のかじは、切られてしまいました。

学校の教育活動を進めるに当たっては、各学校において、児童に生きる力をはぐくむことを目指し、創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で、基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力その他の能力をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組む態度を養い、個性を生かす教育の充実に努めなければならない。
その際、児童の発達の段階を考慮して、児童の言語活動を充実するとともに、家庭との連携を図りながら、児童の学習習慣が確立するように配慮しなければならない。


ゆとりがあるということは、自由があるということです。教育に自由は欠かせません。それは個人や人間性を無視した戦前の国家主義的教育を考えれば、はっきり分かることです。

戦後(1946年・昭和21年)アメリカの教育使節団がやって来て、日本の教育のあり方について勧告しました。これに基づいてわが国の教育は、180度大転換しました。

先ず第1に、次のような勧告があります。

教育において中心をなすべきことは、個人の完成ということであって、そのためには自由が尊重され、外部から個人の発達が阻害されてはならない。

脱ゆとりが、学習指導要領の拘束性を強めるようなことになれば、本末転倒です。教育基本法で教育の目的としてあげられた「自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成」も、絵に描いた餅と成り兼ねません。



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