幼児教育を語るひろば

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二足のわらじ

九州で大地震続発
近ごろ災害は忘れぬうちにやって来るようです。14日熊本県を震源とする地震で同県の益城町は震度7を観測し、住宅が多く倒壊し死者も出ました。

マグニチュード(M)6.5、気象庁は余震の注意を促したばかりです。ところが14日の地震は、本震の前触れだったと言うのです。16日になって、マグニチュード7.3 の大きな地震が再び襲いました。

被災範囲は、熊本・大分・福岡・佐賀の各県にまで拡大しました。 14〜16日の間に震度6以上の強震が7回もあり、死者41人・負傷者1000人近く、避難者は10万人を超えました。

大きな余震が今も続いています。東日本大震災の復興もまだですのに、 九州の被災者たちのカバーが出来るのでしょうか?   心配です。

人間の力では対抗出来ない自然の力ですが、  それでも被災者を助けるために手を差し伸べねばなりません。
九州の地震が、早く収まるように念じながら!


二足のわらじ
巨人軍選手による野球賭博問題では、4人の選手が処分されました。日本野球機構( NPB )は、「自主申告制度」なるものをセ・パ両リーグに提案しています。

もし野球賭博などに手を染めた選手がいれば、期間中に正直に申告すると処分が軽減されるというものです。若い選手が一度の過ちで少なくとも選手生命を絶たれることを避け、更生の機会を与えようという温情的な制度です。

そんなニュースを聞いたのも束の間、今度はバトミントンでリオデジャネイロ五輪でのメダルが有望視されていた選手が、違法カジノに手を出して処分されリオ五輪に出場出来なくなりました。

古今東西人間の心は弱く、 誘惑には勝てないものです。 浦島太郎も乙姫様との約束を破って、玉手箱の蓋を開けてしまいました。

だけどパスカルは、「人間は考える葦だ」と言いました。葦は風が吹くとしなって曲がってしまいますが、風が通り過ぎれば元のようにちゃんと立ち直ることが出来ます。弱そうに見えても、本当は強いのです。人間が万物の頂点に立つ所以は、考える葦だからです。

今回事件を起こした選手たちにも「考える葦」の自覚があったらと、悔やまれてなりません。


時代劇には、十手を預かる博打打ちの親分がよく出てきます。 当時は警察力が不十分で、犯罪取り締まりに手が回りませんでした。

博徒同士ならお互いにつながりがあったので、犯罪情報が早く集められました。そこで役人(代官・奉行所)は、博打打ちの親分に十手を持つことを許したのです。(警察権の委託)

博打打ちと十手持ち、これが「二足のわらじ」です。  でも博打打ちが十手を振り回すのは、悪人が悪人を捕らえることになり矛盾しています。

ところで江戸の博打打ちの親分たちは、それを嫌って十手を預かることを断りました。彼らには「博打打ちは博打打ち!」と、二足のわらじを卑しむ気概がありました。

さらに博打打ちは男前(男ぶり)の渡世(世渡り)が看板ですから、役人の手先など以ての外という気風もあったのです。江戸の博打打ちの心意気でしょうか?  
(盗っ人にも三分の理、 でしょうか? )


誘惑に負けないために、私は子どもたちへ芥川龍之介の「杜子春」をよく読んで聞かせました。内容は省略しますが、最後の仙人(鉄冠子)と杜子春の会話を紹介します。

杜子春は眼に涙を浮かべたまま、思わず老人の手を握りました。
「いくら仙人になれたところが、私はあの地獄の森羅殿の前に、鞭を受けている父母を見ては、黙っている訳には行きません。」
「もしお前が黙っていたら ー 」と鉄冠子は急に厳かな顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。 ー お前はもう仙人になりたいという望みも持っていまい。大金持ちになることは、元より愛想がつきたはずだ。ではお前はこれから後、何になったら好いと思うな。」
「何になっても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりです。」
杜子春の声には、今までにない晴れ晴れした調子がこもっていました。

    (以下略)



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