幼児教育を語るひろば

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歩く

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ムスカリ (2016, 4. 6 写す  種が散ったのか?  庭のあちこちで散見)

散歩は、1日1万歩が理想だと聞きました。  さっそく挑戦 !

自宅から吉祥寺の井之頭公園まで往復すると、悠に1万歩を超します。今日張り切って歩いてみましたが、歳のせいかなかなかの重労働でした。

「散歩」の語源を調べてみました。

昔中国には、虚弱体質を治す薬に「五石散」というのがありました。効き目は抜群ですが、飲むと体温が急激に上がるので、熱を下げる必要がありました。それで薬を飲んだ後に、血行を良くし熱を発散させるため歩いたそうです。
これが散歩の由縁です。

辞書で「散歩」をひくと、 「気晴らしや健康のために、 目的地を決めずに歩き廻ること。」 とありました。そこで1万歩にこだわるのはやめようと、都合良く解釈しました。

でも「歩く」は、「止まることを少なく」という文字でしょうから、せっかくの決意を無にするのは避けます。インターバルを考えながら、続けるつもりです。

人間が直立して歩くことが出来るのは、他の動物には見られない特徴です。歩くのは姿勢の問題だけで無く、人間自身を作りあげる上でも役立っています。

なぜなら立つことによって、人間は他の動物より遠くを見ることが出来ます。色々な事柄を早く捉え、それに対応する心構えや、やがて予知し予想する能力も育ちます。周囲を良く観察し判断しながら、事象に近づいたり遠のいたり出来るようになります。

自分の足で目的に一歩一歩近づくことは、やがて未知の世界へ到達して、新しい発見や発明にもつながるのです。人間が立ちあがって、自らの足で歩き出した時に、文化の創造が始まったのです。

中国に、「七歩の才」という言葉があります。魏の国の(220〜265年・後漢末 三国の一国)曹植(そうち・192〜232年 詩人)が、兄の曹丕(そうひ)に「七歩 歩く間に詩を作れ」と言われて、作詞した故事に拠ります。

「才能が優れ理解が早い」ことから転じて、無駄無く歩くことを意味するようになりました。たかが歩く されども歩くで、なかなか奥深いものです。

水前寺清子が歌っています。

 幸せは 歩いて来ない  だから 歩いてゆくんだね
   一日一歩 三日で三歩  三歩進んで 二歩さがる


 ( 以下略 )    星野哲朗 作詞   米山正夫 作曲



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