幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

差別

差別は、物ごとに差をつけて区別することです。最近は差別が社会問題になったり、事件になったりするのをよく耳にします。
中でも、人権侵害に当たるような人種差別が増えてきました。

人種差別は、皮膚の色や容姿・体格などを分け隔てして価値判断することです。
先日も国会で丸山和也参議院議員が、アメリカのオバマ大統領の出自を黒人で奴隷と称し、「人種差別ではないか?」 と、問題になりました。

差別の対象は色々あります。私たちは、物ごと全てについて価値付けしがちです。然しその値打ちや等級の判断基準は、極めてあいまいで主観的です。

確かに私たちには、様々な面で格差があります。だからと言って、個人の人格や精神が否定されるわけではないのです。ただ、格差を少なくする努力は大事です。そのための援助も必要です。

ひろ さちや氏は、著書「般若心経 88講 (新潮社発行)」の中でこんなことを書かれています。私たち凡夫の知恵は、分け隔てをする 差別(分別)の知恵だと。

江戸時代に、良寛さんと呼ばれる禅僧がいました。この人は、いつも子どもたちと遊んだので有名な禅僧です。

その良寛さんがある日、日向ぼっこをしていると、襟元をシラミが這っていました。良寛さんはそのシラミをつまんで縁側に置き、シラミに日向ぼっこをさせたのです。

そして、やがて夕方になって日が沈んで寒くなると、「寒くなったでしょう。シラミさん、お帰りなさい。」 と、またじぶんの懐に戻されました。


良寛さんには、シラミは害虫・益虫の差別の意識は無いということです。もちろん作り話でしょうが、差別の心で物ごとを見てはいけないという戒めです。

ひろ さちや氏は、差別(分別)の知恵でばかり物を見ていると、この世は地獄になってしまうと言われます。いや、もうすでに私たちは、この世を地獄にしています。

人間を役に立つ人間・役に立たない人間に分別しています。善人・悪人に分別します。よい子・わるい子・普通の子と分別しています。

そしてナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の例を引かれていました。

良寛さんがシラミを殺さなかった話を反芻して、その心を捉えてみましょう。



コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1619-3362c313