幼児教育を語るひろば

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成人とは?

悼む
またまた大きなバス事故が発生しました。12人もの若い命が奪われました。
悲しい出来事ですし、残念というより憤りの気持ちが拭えません。

素人が判断しても、今回の事故は人災です。
運転手の不注意か?    バスの整備不良か?
それに予定のルートを通行していなかったと言うではないですか?
バス会社自体もいい加減だったようです。

亡くなった若者たちの冥福を祈ります。



成人とは?
先日テレビで、荒れる成人式を報じていました。沖縄では、警察に逮捕される新成人もいました。せっかく国民の祝日として祝福される日なのに、形骸化されてしまったのを残念に思います。

そもそも成人とは、子供とどう違うのでしょうか?

民法第3条には、「満20歳を以って成年とす」とあります。法的には、満20歳になると独立した社会人としての地位が与えられるのです。

常識的には、一人前の社会成員として社会的に認められるようになったということです。生理的成熟とも一致する年齢です。

子供時代は、大人の言う通り期待する通りに行動して、何でも言いなりになっていました。ところが成年になれば、大人の言いなりになっていた状態からは離れて、一人立ちするということです。

成年に達した者は、単独で法律的行為が出来ます。成人すれば、精神的にも一人前で自立します。そして、親の親権が終了します。

ところで、曖昧なのが「青年期」という表現です。青年期は成人なのでしょうか?  

日本の青年は、殆どがまだ学校で学んでいる時期です。まだまだ親離れせずに、親の世話になっています。つまり観念的には独立していても、経済的には一人立ち出来ていないのです。

「元服」と言えば、大人になる儀式のことです。中国の「礼記(儒家の経典)」によると、男子が20歳になると冠をかぶり成人を祝う、と書かれています。この風習が日本にも伝わりました。

古くは天武天皇の11年(683年)に「結髪加冠」の制度が規定されて、髪を結いまとめ冠をかぶって成年になったことを祝いました。

当時も身体・精神の発育が、適当な状態に達したのを認められた時に行われました。年齢は13〜16歳で、身長は4尺5寸(136cm)以上というきまりがありました。

女子も奈良から平安時代にかけて、中国の影響を受けて結髪・着裳(初めて髪を結い成人の着物を着る)をもって成人の印としたという記録が残っています。

いずれにしても、元服を通して成年に達したのを祝うと共に、大人への自覚と責任感を促す意味があったのだと思います。

今年から18歳以上に選挙権が与えられます。成人になって最も重要な責務が選挙権です。新成人たちがこのことをしっかり自覚して、社会人としての第1歩を踏み出す日にして欲しいと心から願っています。

成人の日を形骸化させないためにも、私は、サムエル・ウルマンの「青春」の詩を新成人たちへ届けます。

青春とは人生のある期間ではなく、
 心の持ちかたを言う。
 バラの面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
 たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
 青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

  (中略)
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、
 悲嘆の氷にとざされrとき、
 二〇歳であろうと人は老いる。
 頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、
 八〇歳であろうと人は青春にして已む。




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