幼児教育を語るひろば

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世界寺子屋運動

ユネスコ協会の活動の中に、「世界寺子屋運動」があります。
世界寺子屋運動は、 「貧困のサイクル」 を断ち切るために、 世界の貧困地域で 「学びの場=寺子屋」をつくり、人材育成によって自立した持続可能な社会づくりを応援する運動です。(ユネスコ協会の資料から)

2013年度までに、
寺子屋を建てた國 →43カ国・1地域、  学んだ人→約128万人 です。

先日届いたユネスコ協会の機関紙1151号(2016年1月号)によると、カンボジアで建設中の寺子屋は、1月に工事が終わり3月末までに開所式が行われるとのことです。  さらにアフガニスタン・バボ村に15軒目の寺子屋が、 昨年12月5日に開所したとありました。

2015年9月に、国連本部で「国連持続可能な開発サミット」が開催され、あらためて「持続可能な開発目標(17目標)」が設定されました。その中からいくつか紹介します。

(1)あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる。
(4)すべての人びとへの 包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、 生涯学習の機会を促進する。
(5)ジェンダー平等を達成し、すべての女性および女児の能力強化を行う。


[付録] 日本の「寺子屋」の歴史を辿ってみました。

寺子屋は、わが国の近世から近代にかけて広く存在した庶民の教育機関です。
(1680年代〜明治初頭)

中世における世俗教育の例にならって、寺がその機能を果たすことによって発生した場合が多いのです。だから「寺子屋」と呼ばれるようになりました。

発生事例には、次のようなものがあります。極めて自然発生的なのが特徴です。

①土地の篤志家が郷土の子供を教えるために開く。
(武蔵国島根村の吉田順庵など)
②里正・庄屋・町年寄と言った身分の者が、職掌による世話の一つとして開く。
③世渡りの方便として、毎日の口すぎのため開く。(都会に多い)
④農繁期に渡り者を雇って村の用事に使い、農閑期には寺子屋の指導を任せる。
⑤初めは知人の子を2〜3人預かって教えていたのが縁となり、次第に寺子屋に移行した。

寺子屋での教育内容は、習字のみ1科目または習字と読書の2科目が普通で個別指導でした。近世後期になると商業の発達もあって、そろばんが加わるようになりました。都会では女子の入門が多くなり、茶の湯・生け花・裁縫などを教えるようになりました。

寺子屋の教育は単に読み書きの指導だけで無く、そこから生活を営む知識や歴史・地理・実業などを学ぶことが出来ました。

最盛期の寺子屋数は、次の通りです。

 *1818〜1829年(文政)     5.633
 *1830〜1843年(天保)    14.171
 *1844〜1853年(弘化〜嘉永)   23.980
 *1854〜1867年(安政〜慶応)   30.664
 *1868年〜    (明治)    12.938

寺子屋は、学びの場の原点です。


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