幼児教育を語るひろば

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お父さん 出番です  (2)

ルソーが活躍した頃は、子どもの教育を家庭教師に任せるのが普通でした。(もちろん貧困家庭の子どもたちは教育を受ける機会も場も無かったが・・・)

いまや受験競争に喘ぐ日本の子どもたちは、塾や家庭教師に頼って勉強しています。ルソーは「エミール」の中で、すでにこんな警告を発していました。

家庭教師というものは、弟子の利害よりも自分の利害を考えるものだ。かれは、時間をむだにしていないこと、もらう金は正当にかせいでいるのであることを証明しようとやっきになる。

そこで、かれは、たやすく陳列でき、人前に見せびらかすことのできる知識を弟子に与える。教えることがその弟子に役に立つかどうかなどはどうでもよい。ただ、人の眼につきやすければそれでいいのである。

かれは、むやみやたらに、見さかいもなく、無数のくだらないものを生徒の記憶につめこむ。いよいよ子どもを試験するということになると、そういう商品を子どもにひろげさせるのである。

子どもは商品を陳列してみせる。人はそれでご満悦である。それから、子どもは品物の荷をしまって、去って行く。わたしの生徒はそんなに物持ちではない。かれには陳列してみせる行商の荷はない。かれには、人に見せるものとては、自分自身よりほかにはないのである。

ところで子どもというものは、大人も同じことだが、ちょっと見ただけではわかるものではない。ひと目見ただけで、人の性格を示す特徴をとらえることのできる観察者がどこにいるだろうか?

いることはいる。が、実に稀れなのだ。その数にはいるような人は、父親十万人当りに一人も見出すことはできないだろう。


子どもの教育を任せられるのは、ほんとうは誰なのでしょうか?  
今こそお父さんの出番です!

 参考文献       「エミール」・玉川大学出版部



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