幼児教育を語るひろば

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人間形成(1)

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 このたびは 幣もとりあへず 手向山
               紅葉の錦 神のまにまに
  (菅原道眞)
  わが家の鉢植えの紅葉も、秋の色に染まりました。(2015, 11. 14)

1797年頃から、南フランスの森で真裸で生活している11〜12歳くらいの少年が目撃されるようになります。そして1800年1月に、民家に忍び込んでいたところを捕らえられました。

少年は4〜5歳の頃に親に捨てられ、その時から森の中で木の根や木の実を食物としての放浪生活を送っていたようです。孤独な生活のために言葉も忘れ、社会的な習慣も身についていません。注意散漫で、身体の諸器官も適応性を欠いていました。(「アベロンの野生児」と言われる)

軍医だったジャン・イタールは、少年を正常な人間に戻すために次のような教育プランを考えました。

① 少年が今の生活よりもっと楽しく、さらに彼が過去へ捨ててきた生活に
  近い 生活を与えることによって、社会生活に興味を持たせる。
② 非常に力強い刺激や、時には激しい感動によって彼の神経的感覚力を
  目覚ませる。
③ 彼に新たな要求を与え、社会的な接触を増すことによって、彼の観念の
  範囲を広げる。
④ 必要という重大な法則によって模倣の訓練をつけ、言葉を使うように彼を
  導く。
⑤ しばらくの間、肉体的な要求の対象に対して、簡単な心的処置ができる
  ように彼を導き、その後そうした心的過程を教育の目的へとあてはめて行く。

このプランは、野生児を欠けていた社会生活に興味を持たせることに重点が置かれました。5年間も、正常な人間に戻すための努力が続きました。しかし、この試みは成功しませんでした。感覚機能にやや改善がみられた程度で、言語機能はじめ多くの機能・能力は回復しなかったのです。

この実話から学ぶことは、人間は自然の状態においては動物と異なるところが無いということです。その能力においては、動物よりも劣る場合があります。

確かに人間は優れた素質を持っていますが、もし自然のままに放置されるならば人間としての完成は不可能なのです。社会性の欠如が、人間形成に大きな障害になるということです。


 

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