幼児教育を語るひろば

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終戦70年

70回目となる終戦の日を迎えました。先の戦争での戦没者は、310万人にも上ると言われます。尊い人命を、無駄に失ったことが悔やまれます。

終戦時子どもだった私は、「明日から空襲が無くなる」くらいの記憶しかありません。

戦時中は「欲しがりません勝つまでは!」と、耐乏生活を強いられました。食べ物が無くなって、毎日ひもじい思いで過ごしました。空襲を避けて逃げ回りましたが、そのうちに学校も焼けたので母方の田舎へ疎開することになりました。疎開先の学校で、疎開っ子はいじめられました。戦争が終わって、早く東京へ帰りたいと思いながら通っていました。

戦争批判はもちろん、国民が困窮していること、ましてや他国を侵略・植民地支配していることなど、体制批判をする知恵はありませんでした。


昨日、戦後70年の首相談話が、閣議決定されて発表されました。今回の談話には、「植民地支配」・「侵略」・「痛切な反省」・「心からのおわび」という言葉が盛り込まれるかどうか、ずいぶん話題になりました。

話題のもとは、中国・韓国を中心にしたアジア諸国との関わりからです。
さっそく中国外務省は木寺昌人駐中国大使を呼び出して、「日本は侵略戦争の性質と戦争責任を明確に説明し、被害国人民に誠実に謝罪するべきだ。この重大な原則的な問題をごまかしてはならない。」と、指摘したそうです。

韓国でも、「安倍談話は過去の歴史への反省や謝罪が間接的な表現にとどまっている」との批判が出ているとのことでした。

朝日新聞は社説をはじめ多くの紙面を割いて、安倍談話を厳しい目で捉えています。社説の見出しが、「何のために出したのか」となっています。

社説の一部では、こんなことを言っています。

侵略や植民地支配。反省とおわび。安倍談話には確かに、国際的にも注目されたいくつかのキーワードは盛り込まれた。
しかし、日本が侵略し、植民地支配をしたという主語はぼかされた。反省やおわびは歴代内閣が表明したとして間接的に触れられた。
この談話は出す必要がなかった。いや、出すべきではなかった。改めて強くそう思う。


言葉の使い方は難しいものです。こちらの気持ちが伝わらないこともありますが、意図的に曲げて伝える場合もあるのです。

70年前、日本の敗戦を「終戦」という言葉で知りました。「負けた!」という感覚より、「終わった!」という気持ちになったのを覚えています。

「全滅」を「玉砕」、「退却」を「撤退」、「侵略」を「侵攻」など、戦場の状況もワンクッション置いて伝えられたような気がします。

「戦死」・「出征」・「特攻出撃」・・・ などの前には、必ず「名誉の」という言葉がつきました。「死」がぼやけて国民に伝わりました。


戦後70年、安倍首相の談話を読みながら、首相が説く世界の平和と繁栄を期待せずにはいられません。


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