幼児教育を語るひろば

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言葉は心の使い

中1男女子殺害事件
大阪・寝屋川事件の容疑者が逮捕されました。 平田さんと行動を共にしていた星野君も遺体で発見されました。犯人が逮捕されたからと言って、二人の尊い
生命が戻って来るわけではありません。
この事件から学ぶことは多いようです。学校・家庭の教育力は勿論ですが、地域の教育力も問われます。深夜徘徊する子どもたちに、誰も声をかけない・手を差し伸べない、隣組時代にはは考えられなかったことです。
私たち大人は、子どもたちとどう関わるべきか?  これを機に、じっくり考えてみる必要があります。



言葉は心の使い
話し言葉を聞くだけで、人柄が分かると言われます。昔から「言葉は心の使い」・「口は心の門」 と、言われる所以です。

弟夫妻と某パーラーでランチを楽しんでいた折りに、 フラッペを食べながら、
おしゃべりしている4人の 女子高校生たちの会話が気になりました。

「うまいじゃん」・「やめろよ」・「やっぱし」・「うざい」・「むかつく」・「ほっとけよ」・
「でよ〜」・「だわ〜」・・・  こんな言葉が、ひっきりなしに耳に入ります。

男の子、いやヤクザも顔負けの言葉遣いです。言葉だけではありません。話し方も乱暴ですし、食べ物を口に含んだまま喋っています。

いつの時代も、若者の言葉遣いは批判されます。それは彼らだけが通じ合う言葉を、好んで使うからです。仲間同士の確認行為でもあるのですが・・・

イギリスの動物学者デズモンド・モリス(1928年〜 )は、「話すという行動パターンは、本来は情報を交換して協力し合う必要が増したことから進化したもの・・・」 と言います。(「裸のサル」 河出書房新社発行 日高敏隆訳より)

彼は私たちの言語活動(会話)を、次の4つに分類しています。

①情報談話(information talking)
②気分談話(mood talking)
③探索談話(exploratory talking)
④毛づくろい談話(grooming talking)

仲間だけで通じ合う言葉は、④の毛づくろい談話に相当するのではないでしょうか?  デズモンド・モリス氏は、こう説きます。

これは社交的な場で交わされる、意味のない、愛想のよいおしゃべりで、「いい
天気ですね」とか「最近何かおもしろい本を読みましたか」式の会話である。

それは重要な着想や情報の交換には関与していないし、といって、話し手の真の気分を示しているわけでもなく、美的に快いものでもない。その機能は、あいさつのほほえみを強化し、社会的に一緒にいることを維持することにある。

(中略)それはわれわれを非攻撃的な社交的気分にさせ、それによってわれわれが比較的長時間にわたって互いに自分自身をさらしあうことを可能にする。そうして、貴重な群の絆と友情が育ち、強まるのを助けるのである。
 

このように考えると、若者たちの乱暴な会話も理解出来るような気がします。
デズモンド・モリス氏も、毛づくろい談話がずっと続くと、情報談話・気分談話・
探索談話は完全に締め出されてしまうと言います。

でも毛づくろい談話は、小集団で取り交わされます。時間が経てば毛づくろい
談話は衰えて、まじめな会話の方が支配的になって行くと言われます。

若者たちの会話を無理やりやめさせるよりも、私たち大人がまじめな会話を
続けてさえいれば、彼らの毛づくろい談話も自然に消滅して行くのではない
でしょうか?


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