幼児教育を語るひろば

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がまん (我慢)

がまんは、その人の人格を支えている大事な心情です。がまんすれば起きなかった争い・事件・不仲・失敗・破綻・・・ など、わが身を振り返っても色々あります。

がまんは、辛抱すること・こらえることです。でも本来は仏教用語で、わがまま・思い上がり・おごり・・・ と、逆の意味だったようです。

言葉の詮索はさておき、最近の子どもたちは何故がまん出来ないのでしょうか?

子ども時代は、自主性・社会性を獲得する大切な時期です。同時に、勉強や友だち関係で悩む時期でもあります。加えてこの時期は、受験や進路選択などの重大事が集中します。

そのために子どもたちのストレスは、がまん出来ないほど溜まっています。
「がまんしなければ」 と分かっていてもストレスを発散させなければ、心身の
健康状態は保てません。

がまん出来ないのは、本能的な行為だと説く学者もいます。人間は生まれながらにして、「欲しい!」と思う気持ちがあるのです。欲求・欲望・意欲・・・ と、言ってもよいでしょう。

欲しがる気持ちが強くなると、がまん出来なくなるというわけです。探求心を深めるには大事な心情です。でも欲に目が眩んだり欲の皮が突っ張ったりしては、せっかく築いた人格が損なわれます。

「ならぬ堪忍するが堪忍」 
がまん出来る程度の堪忍なら、誰でもします。「もうがまん出来ない」という限界を超えそうな堪忍をしてこそ、本当の堪忍になるのです。「堪忍は一生の宝」と
言います。

中国に「韓信の股くぐり」という有名な故事があります。漢の名将韓信は、若い頃乱暴者に言い掛かりをつけられて、彼らの股下をくぐらされました。争えば韓信の方が勝つのですが、彼は無益な争いを避けて、乱暴者の股をくぐりました。
屈辱に耐えた韓信は、後に漢の三傑と言われる立派な武将になりました。

将来に大きな夢を抱く者は、目の前の小さな苦労や失敗にめげずに進みます。


 娑婆    相田みつを 作

  娑婆とは忍土
  忍土だから
  たえしのぶところ
  この世は苦娑婆
  楽娑婆とは
  いわない



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