幼児教育を語るひろば

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愛すること

きょうは、「子育てが面倒、子どもが可愛くない。」という母親の相談からです。

彼女は夫婦共稼ぎです。3歳の息子は一番手のかかる時期ですが、夫の母親が面倒を見てくれています。子育ての苦労は、あまり無いはずです。ただ子どもと接する機会が少ないのは、気になります。何も不満は無いと言っても、時々義母から愚痴をこぼされるのが嫌なようです。それが、子ども嫌いにつながったのではないでしょうか?

子育ての基本は、何と言っても愛情です。愛情込めて育てれば、子どももなつきます。そして、心身健やかに成長して行きます。でも子どもと接していなければ、子どもに愛は届きません。

愛を届ける方法(愛情表現)は、「笑顔」・「愛の言葉」・「スキンシップ」の3つです。
そのためにも、子どもと接する機会をできるだけ多く持ちましょう。

怖い顔で子どもに近づけば、それだけでも子どもは逃げてしまいます。笑顔は愛情の表れです。

愛の言葉は、そんなに難しいものではありません。「大好き!」・「可愛い!」・「いい子!」・・・  この程度で十分です。繰り返し子どもへ投げかけるようにしましょう。

スキンシップは、愛の言葉と同時に行います。両者は車の両輪です。

笑顔も 愛の言葉も スキンシップも、忙しい毎日だとつい忘れます。子どもと接する機会が少ない親は、意図的に避けたり人任せにしたりもします。同じ家で生活しているなら、探せば子どもと接する機会や時間はいくらでも見つかります。

子どもを愛するということは、子どもからも愛されるということです。愛情表現は、できるだけオーバーにやります。日本人は、愛情表現が下手だと言われます。勇気を出して行動してみましょう。繰り返しているうちに慣れて、子どもも反応するようになります。

子どもは、愛されていると感じると何でも話してくれます。するとお互いに共感し合う機会も多くなり、笑顔も見られるようになります。そうなれば信頼関係もより深まって来ます。

母性愛・父性愛は、本能的な愛情です。「子育てが面倒、子どもが可愛く無い。」というのは、後天的なものです。本能を目覚めさせましょう。その近道は、子どもと遊ぶ機会をいっぱいつくることです。

愛縁・愛育・愛護・愛児・慈愛・・・ など、みんな子育てに関わる言葉です。

キリスト教は「愛の教え」と、説く学者もいます。新訳聖書「コリント人への第一の手紙」の中に、こんな一文があります。(聖書・日本聖書協会発行より)

第13章
 たといわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(ニョウハチ・中国に伝わる打楽器)と同じである。たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。

 愛はいつまでも絶えることがない。  (以下略)



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