幼児教育を語るひろば

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虐待死

子どもを虐待死させる事件が後を絶ちません。

子どもの日の翌日鳥取県倉吉市で21歳の父親が、4ヶ月の長女が泣きやまないからと殴って死亡させました。東京足立区でも、3歳の男児をウサギ用ケージに閉じ込めて、2〜3日に1回の食事を与えるだけで虐待死させた事件があったばかりです。鬼畜にも劣る仕業です。

「しつけのつもりだった」・「死ぬとは思わなかった(殺すつもりは無かった)」・・・ 加害者の親からは、いつもこんな答えが返ってきます。

「しつけ」とは何でしょうか?  一般的には、生活習慣や社会的マナーを身につけさせることです。

とても簡単なことですが・・・ 簡単だからすぐ身につくと考える、この辺りに危険が潜んでいるような気がします。

「簡単なのだから、子どもはすぐに理解して守ることができる。」と、親は思います。だから子どもが理解しない・守らないとなると、すぐに腹を立ててカッとなります。

「しつけは子どものためにやっているのだから、従わなければ強制的に従わせる。」・「叱ってもよい・脅してもよい、暴力も許される。」 どうもこんな考えのようです。

実は「しつけ」は、生まれた直後の赤ちゃん時代から始まっているのです。赤ちゃんは何かを要求する時や異常を訴える時は、泣いて知らせます。親はそれに対応するため、話しかけたりあやしたりします。

親は子どもの状況を判断し、自分の価値観によって子どもを守り、自立をサポートします。結果的に自分の生活習慣や社会的マナーを、子どもに伝えています。生活の仕方を教える第1歩で、しつけの始まりです。

現代の若い親たちは、バーチャルリアリティー社会の中で育ちました。親業も分からぬままに結婚し、子どもが生まれました。子育てもバーチャルゲームです。結果が悪ければ、リセットすればまた子育てゲームが再開できるくらいの感覚なのです。

いまや複雑高度化した社会システムを変更するのは、不可能のように思えます。「現代社会が悪い!」と言えば、それまでです。だからと言って、虐待死を認める
わけには参りません。

若い親たちの再教育の場、あるいは子育てを助ける駆け込み寺が必要です。私は中学校・高等学校の教育活動の中で、親業の指導ができたらと考えます。

1週間くらい幼稚園・保育園・子ども園などで、保育実習をさせます。少しは子ども理解に役立つと思います。もちろん行政の取り組みや援助も大事ですが・・・

子どもを食い殺した鬼子母神も、わが子だけは溺愛しました。 況んや万物の
霊長たる人間、わが子を愛さずにいられましょうか。

お釈迦様の力で、鬼子母神も非行を悔い改めました。宗教や倫理・道徳の力を
借りるのも、虐待死を防ぐには有効ではないでしょうか?

「虐待死」という言葉を、死語にしたいと願っています。


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