幼児教育を語るひろば

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親業(親の手)

子育てでは、親の手に勝るものはありません。手の力は、子育てのエネルギー源です。実際に、子どもを手元に引き寄せたりつかまえたり出来ます。

手塩にかけて育てると言いますが、育てるのは他では無い親自身だということです。昔は、食事の折に各自が小皿に入れた塩を食べ物に振って、自分好みの
味付けをしました。手塩は、そこから生まれた言葉です。子育ては、親が味付けをするのです。

手が届くと言えば、世話が行き届くことです。手を抜くよりは良いことですが、手をかけ過ぎると自分では判断できない依頼心の強い子に育ってしまう危険があります。そうなると、手のかかる子になりがちです。

看護師の「看」という文字は、手に目があります。よく見る・見守るという意味です。最近のお医者さんは、コンピューターの検査データばかり見ていて、患者の身体に触れて直接診察することが少ないと言われます。

お医者さんだけではありません。学校の先生もテストの点数ばかり気にして、子どもの話を聞いたり子どもと遊んだりしなくなりました。

「看」で見れば、隠れているものも見えてきます。「看破」という言葉もあるくらいです。「看破」するには、子どもと行動を共にすることです。手に取るように子どもの気持ちが分かります。

子どもの行動は、単純なようで意外と複雑多様です。だから子どもを説得する
必要がある時は、まず言動をよく観察します。それから問題点を把握した上で、手を変え品を変えしながら説得するようにします。それなりに手数がかかるのです。

時には手を貸すことも、また手を尽くすことも必要になります。
どんなに手をかけても、手を焼くことや手がつけられないことは起きてきます。そんな時は、手加減しながら子どもの様子を見て、次の手を考える余裕を持ちましょう。

手のひらのことを「たなごころ(掌)」と言います。手には心もあるのです。
「互いに手を取り合う」・「手の裏を返す」・・・ などは、心の問題です。

やがて子どもたちは、親の手から離れて自立して行きます。親の手があくのはもう少し先です。成長を手放しで喜べるまで、子育てを頑張りましょう!

(親業を連載します)



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