幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

授業あれこれ

大掃除の真似ごとをしていたら、校長時代に授業参観した時の記録が出て来ました。

①授業の前にも授業がある。
 「僅か10〜15分くらい授業を見ても、実態は分からないのでは?」という疑問もあります。でも私が参観した15分は、突然現れた授業ではありません。担任がふだんの授業の中で耕して来たものが、この15分に形として現れて来ているのです。

 高学年の国語の授業を参観した時に、担任が「文の中から作者の気持ちや考えを読み取りなさい。」と、指示していました。国語ではよくある問いかけですが、これは人の気持ちを汲み取るというとても高度な質問です。

こういう発問が出来るようになるまでには、何時間も何時間もかけて、具体的な読み取り作業を続けて来たはずです。それが積み上げられた上での15分の授業です。

こう考えて授業を参観すると、この15分間の授業の基礎には、前日あるいは前週の、いや前学期の授業が関わっているのです。つくづく「授業は授業から始まっては授業にならない」ということが、分かります。

②良い授業
 6年生の歴史の授業を参観していて感じたことです。平安時代の貴族社会の様子を討議している子どもたちの発言を聞いていると、古文や古語が引用されています。授業の背景に、国語の授業が立派に生きている・働いていることが分かりました。

一つの授業が他の授業の支えによって進められるということは、他の授業を粗末にしていると、今の授業の進行を妨げることになるということです。

良い授業とは、単独駅では無くターミナル駅で、様々な領域から有効な情報が集まるのが条件になります。

③学級づくり
 授業を受ける雰囲気が、学級の中に醸し出されないと、授業はうまく進められません。それには学級を構成する子どもたちの、「子どもづくり」が先決です。

それは、ひと言で言うと子ども理解(児童理解)です。言い換えると子どもの心・子どもの生活をどう耕すかが、学級造りの基本になるのです。この努力を怠ると、授業はもうどうにもならなくなります。

④具体的操作
 ピアジェも子どもたちが客観的に思考出来るようになるのは、6年生からと言っています。低学年の子どもたちには、具体物が用意され、具体的な操作を通して指導されなければ理解は進みません。特に算数の授業では、それが必要です。

⑤楽しい授業
 楽しい授業とは何でしょうか?  面白い話をして子どもたちを喜ばせる、それも一つの方法です。でも笑っただけで、後に何も残らないのでは困ります。

社会科の授業では、子どもたちの研究発表が主役になります。発表の技術はつたないのですが、幾日もかけて調べた様子がよく分かります。

子どもたちは、辛さや苦しさを乗り越えて勉強した時、そしてそれが認められた時、授業の楽しさを知るのでは無いでしょうか?

観点を変えれば、子どもにとって授業が本当に楽しいものとなるためには、「させられる学習」では無くて「する学習」となるようにすることが大事なのです。

⑥教材研究
 授業の展開は、最初の発問で決まると言われます。最初の発問を支えるのは、やはり十分な教材研究に拠ります。最初の発問の善し悪しで、子どもたちが学習課題に吸い込まれて行くかどうかが分かります。

良い授業・楽しい授業は、教材研究の裏付けがあって決まるのです。

⑦環境構成
 教室が明るく楽しい雰囲気で無いと、良い授業は期待出来ません。掲示物や展示物も、授業に関連して息づいていなければなりません。

環境構成は、学年が進むに従って変わります。いずれにしても、教材研究と切っても切れない関係です。


こんなことがメモされていました。他にも、話し言葉・黒板の使い方・ノートの使い方・個別指導・能力別指導・副教材の扱い方・・・ なども記録されていました。(いつか紹介します)


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1491-67a64845