幼児教育を語るひろば

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道徳・思いつくままに

道徳の教科化
2018年度から今まで教科外の活動だった「道徳」が、特別の教科に格上げされます。第一次安倍内閣の時から,首相はこのことに強くこだわっていました。ようやく彼の願いが叶えられそうです。

1958年から週1時間の道徳の授業はあったのですが、戦前の終身の負の影響が強くて、あまり振るわなかったのも事実です。

道徳の教科化は、価値観の押しつけ授業にならないか?  評価はどうするのか?  という心配が現場にあります。国語や算数(数学)と同じように、授業として取り扱えるでしょうか?  安倍首相の思い通りに行くでしょうか?


違う価値観を認める
人にはそれぞれ違う考え方や価値観があります。道徳の授業では、違う価値観を認め合う環境(雰囲気)づくりを大事にします。「家庭や学校の人間関係で、常に意見が一致するとは限りません。だからそれぞれの意見を十分出し合って、相手の言い分にも耳を傾け、相手の良さを認めたらそれを取り入れなさい。」と、教えます。

言うは易く行うは難い教えです。でもみんなが同じ考えで、均一の価値観を持って行動するなど、ちっとも面白くありません。むしろ社会人としては、自身の価値観による規範で行動することの方が大事です。

いじめの背景には、同じ意見を持つ仲間が結束して、違う考えや行動を排除する傾向があります。道徳の授業では、違う価値観を認め合うことと、個人の価値観を大事にすることの兼ね合いが難しくなります。


いじめを無くすには
文科省の調査でも都教委の調査でも、いじめの認知件数が前年度より減少しました。「防止対策推進法」の成果と言われます。中には増えている自治体もあるようですが、小さないじめも見逃さない結果と捉えています。

それでもいじめは無くなりません。その理由は、弱肉強食の闘争本能に拠ると説く学者もいます。最近は暴力だけでは無く、パソコンや携帯電話などの中傷や嫌がらせが増えていると言います。

いじめは、対症療法的な扱いでは解決しません。それよりは学校が楽しく生き生きと活動出来る場ならば、いじめなど起きません。学校を楽しくするには、授業が面白く良く分かるということです。

いじめられた子は、孤立しています。周りの子どもたちは「できるだけ関わらないようにする」が、殆どです。そんな状態の子に、「気にするな ガンバレ! 我慢せよ」と言っても役に立ちません。教師に求められるのは、いじめを許さない強い姿勢です。


道徳教育の場
道徳教育こそ、学校だけで行われるものではありません。子どもたちの生活の場である家庭・学校・地域社会、そこでの人間関係・自然事象、その他もろもろのものを含んで道徳教育は成り立ちます。

民主主義社会での望ましい成員となるためには、人生全体を通して、自己の人間形成に対する強い意欲や態度を啓発することこそ道徳教育です。道徳教育には、終わりがありません。


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