幼児教育を語るひろば

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人間の行動

きょうは少し理屈っぽい話です。言いたいことが、うまくまとめられるかどうか
分かりませんが・・・

前回にも触れましたが、科学探究の動機は「なぜ?」から始まります。
「なぜ?」には、二つの意味があるようです。

「なぜあなたは道を横切ったのですか?」と問われたら、どう答えますか?
月並みな答えとしては、「向こう側に行くため(向こう側に用があるから)」というのがあります。これは、行動の結果を分かり易く都合良く説明する方法です。

一方で「私の足の筋肉の収縮と弛緩が継続的に起こって、それが関節によって連携している骨格系に働いて、地面の表面を足で後方に蹴ったためです。」という、理に叶った説明もあります。

後者は、行動がどのようにして起こったかを説明しています。ですから「なぜ?」と尋ねる時は、現在を見ているのか、あるいは過去・未来を見ているのかに関わりがあります。

ところで人間は、「行動する動物」と言われます。この場合の「行動」は、経験や人間的・社会的行為を表していると思います。それに比べると人間以外の動物の行動は、運動に関わる全ての問題が含まれます。もっと広義に解釈されています。

多くの動物は、体全体で運動します。(「移動」とも言われます) 植物でも、体の一部を動かすものがあります。動植物は、生きるため又はそれに役立つために行動すると考えられます。

行動するためには、体内からエネルギーが放出されます。言い換えると、エネルギーが放出される現象を伴うのが「行動」です。

行動に重要な影響力を持っているのが環境です。環境とは、生物が存在するために必要な状態・条件のことです。生物は(人間を含めて)、環境が変化すると行動を変えようとします。つまり周囲の状態(外部環境)が、生物の生存に影響を与えているからです。

でも私たち人間は、自身の中に生じる感情・心理状態(内部環境)によっても影響されます。それぞれの人間は、内部環境が違うので人間関係が複雑になります。他人は、自分の行動を妨げるような内部環境を持っている可能性があるのです。

話を「なぜ?」に戻します。生物が状況の変化に反応して行動するのは、生きるために自分の生存を確保しようとしているのです。「なぜ?」は、生存に必要不可欠な先行行動だと思います。

そのため人間は、本能的に環境に生じた変化を見つけ出す力があります。そしてその変化に反応して、人間は行動します。変化を見つけ出そうとする能力と、その変化に反応して行動する能力が結びついて、行動の是非が判断されます。 「なぜ?」は、探究心と行動の出発点になっているのです。

人間が行動を起こす時は、要求を達成しようとします(目標を決めて成し遂げようとする)。時には良かれと思った行動が、他から批判されたり攻撃されたりする場合もあります。その時は、別の行動を考えなければなりません。

別の行動の取り方は、人によって様々です。ある人はあくまでも初志貫徹、最初の行動を変えません。見ようによっては意志の強い人です。でも柔軟性には欠けます。

然し一つの行動形式を続けていても、問題の本質は変わりません。 ある人は、
すぐに要求の対象を変えてしまいます。それを逃避的な行動と非難する人もいますが、合理的な代償行動と容認する人もいます。

人間の行動には、社会的な規制が伴います。そして自分の行動をどう評価するかで、行動形態が決まります。その時の評価は、3つに別れます。

①自分が悪い(諦める)
②相手が悪い(責任を他に転嫁して諦めない)
③運が悪い(諦める)

多くの人は、自分を守ろうとして行動します。性格形成の如何によって、人間の行動形態は影響されます。性格の基礎は、実は幼児期までにつくられています。

性格が状況を判断して行動を決める、と言っても過言ではありません。幼児期の性格形成は、両親の行動を手本にしてその土台が出来上がると言われます。親の子育て観に影響されながら、子どもの行動パターンはつくられて行くのです。

人間の要求は、発達段階によって変わります。生理的要求は、一生涯続きます。私たちの行動は、生理的要求から始まると言えます。その後次第に社会的要求によって行動するようになります。

社会的な行動には、望ましい行動と望ましく無い行動があります。その行動規範は、それぞれの子どもの成長過程の中で形成されて行きます。家庭・学校・地域の教育力が、望ましい行動を助長し望ましく無い行動を正します。

行動と性格は、無縁ではありません。


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