幼児教育を語るひろば

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幸福論

西日本の豪雨災害
西日本で続く大雨のため、広島市安佐南・北区では、土砂災害による死者・行方不明者が多数出ています。娘が広島市に住んでいる関係で、多くの知人から心配の問い合わせがありました。娘のところは被害を受け無かったのですが、それにしても被災地は大変なようです。被害が最小限に留まって、一刻も早く復旧するように願っています。

幸福論
「あなたはいま幸せですか?」そんな見出しが付いた某宗教団体のチラシが、郵便受けに入っていました。
「いま幸せかな?」 チラシを見ながら、わが身を振り返ってみました。

長い教職生活を無事? 終えて、いまは年金暮らし、「平凡だが不幸では無い」と思う毎日です。

日本は、この69年間戦争をしていません。平和が続いています。平和こそ幸福の基盤です。そして、私を取り巻く環境も平和です。だから幸せです。
と思っていますが・・・

王様であろうと百姓であろうと、自己の家庭で平和を見出す者が、最も幸福な人間である。ゲーテ ドイツの文豪・1749〜1832年・若きウェルテルの悩み他)  幸福の原点は、平和な家庭にあるようです。

書家で詩人の相田みつをは、著書の中でこう述べています。

ラクしてカッコよければしあわせか、ということ。逆に骨を折ることは不幸か、ということ。人間のほんとうのしあわせとはいったいなんだ、ということ。
わたしは、人間のほんとうの幸せとは「充実感のある生き方」だと思っています。骨を折らない、つまり、努力を必要としない仕事に充実感はありません。山登りに生き甲斐を感ずるのは、山登りが大変だからです。ラクじゃないからです。
ラクじゃないから充実感があるのです。


人間がこの世に存在するのは、金持ちになるためではなく、幸福になるためである。スタンダール フランスの文豪・1783〜1842年・作品に赤と黒他)

すべての人が幸福になるまでは、だれも完全に幸福になりえない。
スペンサー イギリスの哲学者,社会学者・1820〜1903年・著書に社会   哲学体系,教育論他)

世界の識者も、いろいろ教えてくれています。

幸福を求める手立てを教えることわざもあります。

積善の家には必ず余慶あり。(易経)
善を積み重ねて来た家には、その功徳として福が訪れるというのです。

残り物に福がある
欲張ってはいけないということです。昔から言い伝えられています。

笑う門には福来る
これも古くからのことわざです。いつも笑い声の絶えない楽しい家庭づくりが大事です。

ただ、幸福を求め過ぎるのを戒めることわざもあります。

楽あれば苦あり (楽は苦の種)
人生よいことばかりではありません。苦楽は五分五分です。幸せな時は、不幸な時を思うくらいの余裕が必要です。いずれにしても、奢るなかれ! です。

禍福はあざなえる縄の如し(史記)
人間の幸・不幸は、より合わせた縄のようなものです。どうなるか予測は出来ません。沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり、人間万事塞翁が馬です。

成すべきことを成したなら、果報は寝て待てでしょうか・・・

終わりに相田みつをの詩を一つ紹介します。

 日日是好日
 ふっても てっても
 日日是好日
 泣いても わらっても
 きょうが 一番いい日
 わたしの一生の中の
 大事な一日だから



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