幼児教育を語るひろば

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災害は忘れた頃に

FIFA W杯対ギリシャ戦 残念!
0−0の試合を見続けるのは疲れます。残念ながら引き分けに終わりました。
対コロンビア戦に僅かな望みを託して、1次リーグの最終戦を迎えることになります。 ガンバレ にっぽん!


災害は忘れた頃に
方丈記(鴨長明)には、元暦大地震(元暦2年7月9日・1185年、京都盆地を
中心にした関西地域で・M7.4)の詳しい様子が記述されています。元暦2年は、壇ノ浦の戦いで(1185年3月24日)平家が滅亡した年です。

元暦大地震 (方丈記より・現代仮名遣いで)
そのさま世の常ならず、山はくずれて河を埋め、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波に漂い、道行く馬は足の立ちどを惑わす。都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいはくずれ、あるいは倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内におれば、たちまちひしげなんとす。走り出ずれば地割れ裂く。羽なければ空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らん。恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震(ない)なりけりとこそ覚えはべりしか。
(中略)
すなわちは、人皆あじきなきことを述べて、いささか心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年経にしのとは、言葉にかけて言い出ずる人だになし。


「地震の直後は、誰もがこの世の無常と、この世に生きることのむなしさを語り、欲望や邪気の心も薄らいだように思われたが、月日が経ったら、あの地震の恐さを口にする人もいなくなった。」と、鴨長明は嘆いています。

これは「元暦大地震」だけの話ではありません。
東日本大震災から、3年3ヶ月余が過ぎました。被災地の復興は、予定通り進んでいないと聞きます。 加えて福島原発事故の後始末も、まだまだのようです。
汚染水や汚染土の処理などは、かえって深刻な事態になってきています。
そして何よりも私たちの東日本大震災に対する思いが、薄らいできたような
気がしてなりません。

先日は石原環境相が、汚染土の中間貯蔵施設を造るにあたり、「最後は金目で
しょ。」と発言したのが問題になり、国会でも釈明を求められました。大臣からして、本心は大震災から離れてしまったようです。

復興予算を食い物にする事件も頻発しています。復興支援物資の高騰はまだしも、詐欺まがいの支援金詐取も横行しているようです。国民の関心が、東日本
大震災から離れて、薄らいできたことも影響しているのではないでしょうか?

東日本大震災の被災状況やそこから学んだ多くの事柄を、もう一度しっかり思い出して復興支援に当ると共に、災害からどう国土や生命を守るか?  
一人一人が考える時です。

歴史は繰り返します。そして、災害は忘れた頃に必ず訪れます。心しなければ
なりません。


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