幼児教育を語るひろば

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美しい日本語を

幼児は大人の真似をしながら、少しずつ言葉を覚えていきます。 大人が正しい
言葉で話すと、幼児も正しい言葉で話します。間違った言葉では、心は伝えられません。汚い言葉ですと、心も汚くなってしまいます。

一度覚え込んでしまった言葉は、大変な苦労をしないと直りません。多くの言葉を覚えるよりも、 少しずつでも正しい言葉を事象に結びつけて覚えることが
大事です。

今子どもたちの周りに溢れている言葉は、後世に自信を持って伝えられる言葉でしょうか?   日常の挨拶・家庭や地域社会での会話、どれも子どもたちの
言葉の基礎づくりになります。正しく美しい言葉は、その人の人柄を正しく美しく育てます。


これはかって「園だより」に書いた文の要約です。


昨日電車内で、隣に座った女子高生の会話が気になりました。

「〇〇のやつ、アホじゃない!  部活の副部長だってよう。」
「べつにいいじゃん。 〇〇と付き合ってんの?」
「べつに・・・ でも教室で毎日会うじゃん。それに、あいつ△△先輩に気がある
 みたい?」
「そっか・・・ △△に気がありなのか?」
 ・・・


ずいぶん前から、若者たちの言葉の乱れが指摘されています。未だに続いていることを知り、嘆かわしくなりました。
「言葉は時代と共に進化し、悪い言葉は淘汰されるので心配することは無い。」と言う学者もいます。然し現実には、言葉の乱れが生活の乱れや非行につながっているのではないでしょうか?

話をするということは、何かを相手に伝えることです。 自分の考えや感情を、
言葉を仲立ちにして相手に伝えることです。だからこそ、話し言葉には正確さや
分かり易さが求められます。

でもそれだけでは、会話は成立しません。相手との人間関係・会話の場面や雰囲気・話し手や聞き手の身振りや表情・・・ なども、話の内容を伝える大切な手段になります。

心の通い合う友だち同士の間では、確かに言葉は不要な場合もあります。だからと言って品の無い流行語だけで、それもなげやりな態度で、話をしてよいわけがありません。それでは会話に誠意や真剣さが伴いません。
彼女たちの会話を録音して、彼女たちに聞かせてあげたいと思いました。

美しい日本語を聞いていると、心が癒され落着きます。言葉は、私たちが生活を営むための大切な土台です。


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