幼児教育を語るひろば

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子どもへ話す時

子どもは、声で相手を見分ける力があると言われます。「声は人なり」という
言葉もあるくらいです。

声とは何でしょうか?   辞書で調べてみると、声の性質を表す言葉だけでも
一杯ありました。

美声・悪声・しわがれ声・濁声・だみ声・どら声・胴間声・地声・肉声・裏声
・つくり声・含み声・大声・小声・鼻声・笑い声・涙声・奇声・金切り声・・・

声なんて生まれつきのもの、大事なのは話す言葉であり内容だと言う人もいます。でも日常生活でも、声を聞いて本能的にその人が信頼出来るかどうか?  判断していることがよくあります。たとえ相手の声が、悪声でしわがれ声でも・・・
観点を変えれば、発声や発音が人格を表す訳では無いということです。

へ理屈になるといけないので、本題に移ります。
子どもに話をする時は、どうしても理屈っぽく、そして長くなりがちです。話の主題を徹底しよう、理解させようという気持ちが強いためです。いわゆる「理に落ちた話」になるのです。でも子どもにしてみれば、話が堅過ぎて面白くありません。大人だって堅い話は苦手ですから・・・

子どもへの話は、なるべく具体的に、出来れば事例や逸話を取り入れながら話すことが大事です。ユーモアやウイットに富んだ話も、効果があります。長話は禁物ですし、話したいことも二つあったら一つで我慢します。

芸人たちがテレビの芸能番組で大げさな表現やゼスチャーをするのも、話の内容を強調するのに役立っています。子どもに話をするのは、何かを伝えたいからです。話す言葉を選ぶのは当然ですが、こんな工夫も必要です。

でも話し手に真剣さが無いと、子どもは話を聞いてくれません。おざなりな話し方では、子どももおざなりに聞き流してしまいます。子どもとの対話は、常に真剣勝負の場です。そのためにも、子どもとは一期一会の心で接します。

大人は「いつも話していることだ。どうして分からない!」という気持ちが、どこかにあります。上からの目線で話すからです。それが真剣さを欠く原因です。

子どもと話す時は、抽象的な言葉を使うのは避けましょう。幼児や小学生は、すぐにイメージが浮かんできません。
[例] 「よく観察しなさい。」 (何をどうやって観察するのか?)
   「物は大切に使おう。」(どんな物か?  どうしたら大切に使えるのか?)
   「立派な人になりなさい。」(立派な人とは?  そのためにどうするか?)

また日本語は同音異義語が多く、聞き間違いを起こし易い言葉も沢山あります。誤解を避ける工夫が必要です。
[例] 急行(急いで行く)・休校(学校が休み)・休講(講義が休み) 
   ・休航(船や飛行機が運航を休む)・旧交(古くからの友だち付き合い) 

話上手な人は、理詰めの話をしません。むしろ相手の言い分をよく聞いて、相手の求めに応じるような話をします。それが相手の心を動かすコツなのです。
つまり子どもに話すという姿勢では無く、子どもの話を聞くという姿勢です。それが子どもとの会話の雰囲気づくりになるのです。言い換えれば、子どもの目線で話し合うということです。

子どもとの会話は、お互いの心が通い合わなければ成立しません。言葉は手段に過ぎないのです。いくら美辞麗句を並べても、心の通い合いが無ければ聞いてもらえません。

「目は口ほどにものを言い」 最高の会話に、言葉はいらないと言います。それは、お互いに信頼関係があれば可能です。子どもと話す前に、信頼関係を築くことが大事な前提条件になります。


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