幼児教育を語るひろば

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道徳教育

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ツバキが散り始めました まもなく赤い絨毯が敷き詰められます (2014,4.1写す)


安倍政権が、「道徳の教科化」をもくろんでいることは前にも書きました。
ルソーは「エミール」の中で、こんなことを書いています。
(「エミール」・玉川大学出版部発行から引用)

人々が子どもたちに対して現在おこなっている、または、おこない得るほとんどすべての道徳の授業は、次のような公式に縮約することができる。

   先生  
 そういうことをしてはいけません。
   子ども
 なぜこういうことをしていけないの?
   先生
 悪いことだから。
   子ども
 悪いこと! どんなことが悪いことなの?
   先生
 してはいけないととめられていること。
   子ども
 とめられていることすると、何か悪いことがあるの?
   先生
 いいつけを守らないからといって、お仕置きを受けますよ。
   子ども
 じゃ、人に全然わからないようにします。
   先生
 だれかに見つかるものです。
   子ども
 でも、かくします。
   先生
 人にきかれますよ。
   子ども
 そしたら、うそをいいます。
   先生
 うそをいってはいけないのです。
   子ども
 うそをいってはなぜいけないの?
   先生
 悪いことだからです。・・・・・など。

   (中略)

大人になるまでは、子どもは子どもであることを自然は望んでいる。この順序をわたしたちが転倒させようとすると、熟しきらない、風味もない、すぐに腐ってしまう速成の果実をならせることになろう。わたしたちは、幼い博士と老いこんだ子どもを持つことになろう。子どもには、子ども特有のものの見方、考え方、感じ方があるものだ。それにかえて、わたしたち大人のものの見方、考え方を押しつけるくらい、愚かしく無分別なことはない。 (後略)
 


道徳教育と言うより、教育の基本が語られているように思います。


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