幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

子育て閑話(付録)

若い先生へ(「エミール」から)
(ルソーより私の考えが強くなりました。)

若い先生方へ、私は一つの難しい教育技術をお勧めします。
それは、叱らないで指導することです。こういう教育技術は、若い先生には向いていないかも知れません。第一あなたの才能を活かすようには見えないし、親たちからも歓迎されそうにありません。
(何もしないで、見守っていればよいのです。先生は、おしゃべりや注意が多すぎ
 ます。)


これこそが、子どもの自主性を伸ばし教育成果を上げる唯一の方法なのです。
(学ぶ主体は、子どもであることを忘れないでください。)

スパルタ人の教育法は、書物にへばりつかせる代わりに、食物を盗み取ることを教えます。だからと言ってスパルタ人は、大きくなってから粗野な人間になったと言われているでしょうか?  スパルタ人は、その場に応じて機転の効く力を持つように育てられます。自然に勝つことを仕込まれているスパルタ人は、どんな戦いでも敵をやり込めることが出来ます。
(スパルタ人の教育方法は、あなたに何を教えているのでしょうか?
 人間形成は、知識注入教育だけでは無理です。)


先生が命令で子どもたちを操縦していると、彼らが服従しているように見えるので、教育が行き届いているように感じてしまいます。その実、操縦しているのが子どもたちであることに、先生は気づきません。
(先生の権威を振り回した授業になっていませんか?)

あなたが子どもたちに何かを要求すると、それをいいことに、彼らはあなたに代償を要求してきます。例えば1時間の勉強を強いれば、子どもは1週間の遊びを求めてくるのです。

あなたが子どもたちのことを考えて提案し、彼らがそれなりに受け入れたように見えても、結果は必ず気まぐれな子どもたちの行為を利するだけです。特に子どもの意を解しないまずい条件をつけた場合は、彼らに課した条件を満たそうが満たすまいが、子どもの思うままになってしまいます。

子どもというものは、先生がその心を読み取ったつもりでも、彼らの方がそれよりもっとよく先生の心を読み取ってしまうのです。

なぜかというと、子どもが自由に思考出来る環境であれば、先生の権威に束縛されても、自分を守るために自由を回復する力を発揮することが出来るのです。先生は子どもの心を深く読み取ることに、さほど差し迫った関心や必要性があるわけではありません。熱心に子どもに関わるよりそっとしておいた方が、楽ですし自分にとっても好都合です。先生と生徒は、全く逆の考え方なのです。
(あなたが自分の指導に酔っていても、子どもたちはちゃんと逃げ道を考えてい
 ます。)


そこで、あなたは生徒と反対の道を選びなさい。子どもたちには自分が主だと思わせながら、いつもあなたが主であるようにします。一見自由に見える服従ほど、完全な服従は無いのです。
(子どもが、自由に学ぶことの出来る環境構成に力を入れましょう!)



  

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1406-06871fd0