幼児教育を語るひろば

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教育委員会制度の見直し

天晴れ! リケジョ
理化学研究所の小保方晴子さん(30歳)が、「新万能細胞STAP細胞を発見した」というニュースが、日本中いや世界中を飛び交いました。生命科学の常識を覆す画期的な成果だそうです。彼女の若さが柔らかな発想を生んだと、賞賛の声が止みません。まさに今世紀の快挙です。

発表の場で彼女は、「今日1日だけ明日1日だけ頑張ろう、と思ってやっていたらいつの間にか5年が過ぎた。」と言います。
エジソンは、「天才とは1パーセントのインスピレーションと、99パーセントの発汗(Perspiration 汗が出るほどの努力)である。」と言っています。
彼女の努力に、心から拍手を贈ります。


教委制度の見直し
安倍首相の持論は、「教育再生」です。愛国心を育て日本人としての自信と誇りを取り戻すのだと、張り切っています。そして今国会から、「教委制度の見直し」・「道徳の教科化」・「日本史の必修化」などの成立を目指しています。当分大型の国政選挙が無いので、教育再生は今がチャンスと捉えているようです。

なぜ教委制度を変える必要があるのでしょうか?  今回の見直しの狙いは、教委の権限を自治体の首長に移して、政治主導の教育行政に変えることです。

昭和21年(1946年)アメリカの教育使節団が来日、日本の教育のあり方について報告書(Report of the United States Education Mission to Japan)を発表しました。これによって日本の教育は、一大変革を遂げることになりました。いわゆる「民主教育」の幕開けです。

そこで昭和23年(1948年)に、教育委員会がスタートしました。アメリカの押しつけと言う批判もありましたが、教育の政治的中立を守る民主的な教育行政として期待されました。

発足当初地方には教育委員会が設置されましたが、中央には設置されなかったのです。アメリカでは各地方(州)に独立した教育委員会があり、それぞれ分立した教育行政でした。占領軍の対日教育政策も、それに倣ったわけです。

民主教育の名の下に、新米教師の私も、大胆な教育実践を試みようと試行錯誤したのを思い出します

でもいくら理想が素晴らしくても、絵に描いた餅では意味がありません。
昭和31年(1956年)の地方教育行政制度の改正によって教育委員が公選制から任命制に変わると、期待はだんだん裏切られるようになりました。肝心な教育委員も、名誉職化してきました。

2011年大津市でいじめに遭った中学生の自殺事件で、このことが証明される事例になりました。その時の地元教委の対応ぶりや無責任な発言、学校や教育機関との連携・協力の不十分さに、多くの批判が寄せられました。教委が教育行政を担う力が無いことを、私たち市民も感じ政権側もそれを見抜いたのです。

この事例からも現状の教育委員会は、その所管に属する学校や他の教育機関の管理運営という基本的事項について、無能であることが明らかになりました。このままでは、国民の教育レベルの低下にまでつながってしまいます。

だから教委の権限を、自治体の首長に移そうということになるのです。何よりも首長は選挙で選ばれて、民意を代表しているのですから・・・

身から出た錆と言ってしまえばそれまでですが、一歩譲って政治主導の教育行政を認めるとしても、守って欲しいことがあります。それは、教育が一党一派・国民の一部・支配権力などの要求や便宜に悪用されないように、チェック体制を整えて欲しいということです。言うまでもなく、教育は国民のためにあるのですから・・・



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